溶けない意思③
断崖に挟まれた谷間は、正に灼熱の地獄だった。溶岩が噴き出していた訳ではない。しかし、両側の岩壁がファイヤーバードの巣が密集していたのだ。
ファイヤーバードは火山の火口近くに生息する鳥型の魔物であり、翼を広げると2メートル近くに達する。急降下による嘴での攻撃は確かに脅威であるが、それよりも、口から放出される火炎弾の方が厄介だ。その命中率は高く、粘着性があるため簡単には離れない上、なかなか消火できない。単体でのランクはEであるが、基本的に群れ単位で行動するため遭遇時のランクはDとされている。
谷間の上空を、円を描くように飛行するファイヤーバード。視認できる範囲だけでも、20羽以上は飛行している。その全てが、間断無く火炎弾を落とし続ける。
2人は鎚矛や剣で防いでいるものの、既に足の踏み場も無いほど炎に埋め尽くされていた。谷間の出口までは約500メートル。一気に駆け抜けようとも考えたが、少しでも動くと上空から急襲されてしまう。
シャルルが手を出しても構わないのであれば、魔法で射ち落としてすぐに終わる。しかし、ドドラの武器は鎚矛しかない。しかも、魔法は鍛冶用のものしか行使できないのだ。
ファイヤーバードはその数を増やし続け、既に上空を埋め尽くしていた。異常な数の火炎弾が、足下だけではなく断崖さえも炎に包む。まるで釜のような谷底には熱が篭り、シャルル達は汗が噴き出して止まらくなっていた。
このままでは埒が明かない。一度引き返し、ここを突破するために準備をした方が良い。
シャルルがそう思い始めた時だった。突然ドドラが足を踏み出し、前進を開始した。
それを見たファイヤーバードが、炎弾を撒き散らしながら急降下して来る。1羽ではなく、二桁単位で一斉に襲い掛かる。放たれる至近弾を回避することは不可能に近い。嘴よりも先に着弾する炎。ドドラはそれを避けず左手で打ち払う。そして、飛び込んで来るファイヤーバードの頭を、鎚矛で思い切り殴り付けた。先頭のファイヤーバードが地面に激突して弾け、続けて飛んで来た別の固体を巻き込んで飛散する。
―――そうだ。ドドラには、コレしか方法がないのだ。
着実に歩みを進めるドドラ。確実に増えていく全身の火傷。盾代わりの左腕は真っ赤に爛れ、もはや肩より上には上がらない。上着は燃え尽き、背中には大きな水膨れもできている。荒く、そして短くなる呼吸。それでも、足を止めないドドラ。足下はフラつき蛇行している。
肩口から蒸気が上がり、鎚矛を握る手が真っ赤に腫れ上がっている。並の人間であれば、余りの激痛に発狂しているかも知れない。それは、ドワーフであろうと同じはずである。それでもドドラは、一切、悲鳴も、泣きごとも口にせず、少しずつ前に進む。
足下には、ファーヤーバードの死骸と血痕が散乱していた。
谷間の終着点までは僅か30メートル。
シャルルが見上げる空には、数羽のファイヤーバード。
シャルルの背後には、折り重なる翼と開いたままの嘴の山。
最後の1羽を叩き落とし、ドドラはついに灼熱の谷間を踏破した。
ようやく笑みを溢したドドラはポーションを1口呷り、残りを全身に浴びせる。それを何度か繰り返す。シューシューと蒸気と音を上げながら、赤黒く変色した火傷が癒されていった。
ポーションは体力を回復するとともに、患部に直接垂らせば傷を癒す効果がある。しかし、焼け爛れた皮膚は若干の回復は見せているものの、全快にはほど遠い状態だ。
「ドドラさん、僕は回復の魔法が使えるので火傷を治しますよ?流石に、その状態だと・・・」
「―――――いや」
シャルルの申し出を、ドドラが即座に断った。そして、山道の奥から現われたヘルハウンドを見据え、ボロボロの手で再び鎚矛を握り締める。
「ありがとうな。だが、辛いとか、痛いとか、苦しいとか、そんなことはどうでも良いんだ・・・」
頭部を低くし、重心を下げたヘルハウンドが、後ろ足に力を込める。次の瞬間、その身体が霞むほどの速さでドドラに飛び掛かった。
それを予測していたドドラは半身になって躱し、擦れ違いざまに鎚矛で側頭部を殴り飛ばす。キャインと情けない悲鳴を上げ、地面を何度も転がったヘルハウンドが元いた場所へと逃げて行く。或いは1体だけであれば討ち取ることもできたかも知れない。しかし、道の奥から更に5匹以上が姿を見せた。
「・・・シャルルよ」
震える手で鎚矛を構えたドドラが口を開く。
「さっきも言ったが、種族の職業適性は血だ。血に刻まれた種族の力だ。だが、それだけでは何もできない。持って生まれた才能を生かすためには、努力が必要だ。絶えまない鍛錬と研鑽の末に、ようやく真の力を発揮することができる。ドワーフは、それを積み重ねてきたからこそ天下一の職人なのだ。
―――では、特殊な技能をもった個人はどうなのか?
ワシは思う。それを開花させるためには意志の強さが必要だ。意志が強くなければ、強い力ほど暴走してしまう。何の意味も成さない。それを試すために試練があるのならば、前進するしかないではないか!!」




