溶けない意思②
登山道に入って30分ほどで、溶岩から染み出るようにレッドスライムが現れた。スライムの亜種であるレッドスライムは、高温の液体を吐いて相手にダメージを与える。隙を見せると、ゼリー状の身体で体当たりを仕掛ける。本体の温度は90度近くあり、耐熱性を備えていない生物は大ダメージを受けることになる。
レッドスライムを前にしドドラが鎚矛を構える。レッドスライムは特殊な攻撃をしてくるとはいえ、所詮スライムである。ランクはEランクであり、討伐すること自体の難易度は高くない。それでも念のために、シャルルはドドラのステータスを鑑定した。
ドドラ・ドウェル(ドワーフ)・・・LV.19・・・職業:刀鍛冶見習い―――
レベル19であれば、近衛騎士と比較しても遜色がない。ドワーフは戦士としても優秀と言われているが、その噂に嘘はないようだ。これならば、Eランク程度の魔物ならば簡単に倒すことができる。恐らく、Dランクの魔物であっても、相手が単体であれば問題なく対処できるだろう。注意が必要になるのは、それ以上のランクの魔物の出現、或いは、多数の魔物による奇襲を受けた時だ。
その体型からは想像できない俊敏さでレッドスライムの体液を避けると、ドドラは一気に距離を詰める。そして、手にしていたミスリル製の鎚矛を叩き付ける。通常であれば、スライムは打撃系の攻撃には強いはずである。しかし、その力任せの一撃でスライムは四散した。
ドドラは振り返り、シャルルに鎚矛を見せ付ける。手にしている鎚矛から、バチバチと電流が放出されていた。ただの稀少金属製の鎚矛だと思っていたが、どうやら雷属性の魔法武器らしい。ドワーフの技術レベルは果てしなく高い。例え魔術刻印が容易だと言われるミスリルであっても、高威力の電撃を付与することなどできるものではない。
シャルルに自慢の力こぶを見せ付けているうちに、更に2体のレッドスライムが現れた。
左右から挟み込むようにして、ドドラに体液を浴び掻ける。ドドラはそれを鎚矛で弾き返し、左側のスライムに飛び掛った。再び一撃でスライムは消滅し、残りの1体はその場から逃げ失せた。
大きく息を吐き、袖で額を拭うドドラ。
このまま、低位の魔物だけが相手であれば問題ない。しかし、本当に伝説の鎚が封印されているのであれば、そう易々と辿り着けるとは思えなかった。
その後、度々レッドスライムに襲撃されたものの、特に何の問題もなく先へと進むことができた。
しかし、ポンペイ火山の中腹に差し掛かった所で、唐突に山道が終わりを迎える。巨大な岩石が山道を塞いでいたのだ。谷間を縫うように続く狭道に、高さ5メートル以上ある巨岩が、隙間なく綺麗にはまっている。
「この岩の先がポンペイ火山だ。500年以上前にこの岩が落ちてきて以降、この先に行った者はいない。この先はポンペイ火山しかないし、この先に行けなくても我々は困らないからなあ」
ドドラの言葉を受け、シャルルが周囲を見渡す。
火山の活動か、はたまた天変地異か。道の両サイドは100メートルは続くであろう垂直の壁になっており、とてもではないが登れそうにない。目の前の巨岩も上部に行くに従って反り返っており、よじ登って越えることもできそうにない。
なるほど・・・確かに、労力と手間を考慮すれば、無理してまでこの向こう側に行く理由がない。しかし―――
再び崖を見上げて思い出す。
石板に記載されていた「灼熱の谷間」とは、もしかすると、この場所のことなのかも知れない。
物音がしてシャルルが前方を見ると、ドドラが岩をよじ登ろうとしていた。1メートルほど登っては落ち、更に1メートル登っては落ちる。それを、何度も繰り返している。傍から見ているシャルルには、絶対に無理だと断言できた。
「ドドラさん、その岩を砕きましょうか?」
「・・・は?」
「元々ここに岩があった訳ではないですし、道を確保するのは手伝ったことにはならないでしょ?」
「い、いや、確かにそうだが、この岩は越える以外に方法が・・・」
困惑するドドラに対し、シャルルは早急に岩から離れるように告げる。
意味が分からないままドララはその場を離れ、改めて巨岩を見上げた。そう、見上げるほどの大きさなのだ。高さは5メートルを超え、幅も谷間と同じ3メートル以上ある。
例え魔法が使えたとしても、この岩を動かすことができるような重力魔法の使い手がいるとは思えない。それに、これだけの質量がある物体を破壊しようとすれば、複数の高位魔法師が、長時間かけて魔力を練った上で、上位魔法を発動させなければ不可能である。そもそも、こんな場所まで高位魔法師が足を運ぶとは思えないし、彼らを雇う資金もない。だからこそ、ずっと放置されてきたのだ。
「―――――爆裂!!」
いきなり、シャルルが魔法を放つ。しかも無詠唱。
同時に谷間を轟音と烈風が駆け抜け、爆炎が噴き上がった。その直後、道を塞いでいた巨岩が、ものの見事に粉々になていた。
アングリと口を開けたまま放心するドドラ。爆裂の呪文は最上級魔法に分類され、今では使える者がいないと言われる超高等魔法だ。それを無詠唱で使用するなど、常識的に考えられなかったのだ。
「さあ、行きましょうか」
何事もなかったかのように振り返るシャルル。ドドラはハッとして我に返ると、激しく何度も頷いて歩き始めた。




