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溶けない意思①

 翌朝、まだ夜が明けきらないうちから、シャルルはドドラに叩き起こされた。昨夜あれだけ飲んだにも関わらず、元気一杯に身支度を始めている。あの大量のアルコールは、体内のどこで分解されているのだろうか。


「シャルル、早く起きろ。さあ、出発するぞ!!するぞ、するぞ!!」

 未だ半開きのシャルルの目に、自分と同じ大きさのリュックを背負い、輝く鎚矛を手にしたドドラが写る。もう、いつでも出発できそうだ。シャルルも勢いに押されて、すぐに準備を始めた。とはいえ、全てアイテムボックスに収納しているため、顔を洗うくらいしかやる準備はない。


 ドドラは一刻でも早く出発したいのだろう、家の中に向かって何度も叫ぶ。顔を洗い、探索に相応しい服装に着替えたシャルルが玄関に向かう。

「おい、行くぞ!!」

 ようやく玄関に姿を現したシャルルを確認すると、ドドラは足早に街の東側にある門を目指した。

 パルテノには東と南、北に門が設置されている。南門はギザへ、北門は一般的に利用されている北回りの道へ、そして東門がポンペイ火山へと続く道に繋がっている。


 この時になり、ようやくパルテノを囲む山の頂から太陽が顔を出し、薄い陽射しが街の屋根を照らし始めた。

「おいドドラ、お前どこに行くんだ?」

 道ですれ違ったドワーフに、ドドラは突然呼び止められる。意気揚々と、上機嫌で足を運んでいたドドラの表情が瞬時に曇った。


「ちょっと、な・・・」

 言葉を濁すドドラに、そのドワーフが眉根を寄せながら歩み寄って来る。

「まさか、お前・・・また鎚を探しに行くのか?いい加減止めろって言っただろ。そんなことだから、いつまでも見習いのままなんだ。お前の年齢だと、職人になっていなければおかしいんだぞ?」


 ジアンダにおいて、職人はランク制になっている。鉱山師、タタラ師、刀鍛冶などの様々な職種があるが、全て同じ区分である。その職種において、頂点に君臨する者はマスター。呼称は、親分、師匠など職種によって様々だ。次がサブマスター。以下、職長、部屋持ち、職人、見習い・・・と続く。そのうち、部屋持ちとは個人の工房を持つ職人を指す。


 ドドラは今年47歳。いくらドワーフの平均寿命が300歳前後とはいえ、真面目に仕事に励んでいれば、間違いなく職人になっている年齢である。しかし、1年の大半を鎚の探索に費やしているため、職人として認められていなかった。技術力が不足している訳ではない。むしろ、技術と才能だけであれば、既に職長と遜色がないほどなのだ。しかし、仕事に対する取り組み方に問題があると判断され、見習いのままにされている。


「止めることはできない。ワシは、絶対に探さないといけないんだ」

「チッ、勝手にしろ・・・」

 露骨に不快な表情をして遠ざかるドワーフ。その後ろ姿を見送ることもせず、その場でドドラは拳を握り締める。暫く歯を食い縛って震えていたが、再びその足が動き始めた。


 2人が東門に辿り着くと、今度は門番がニヤニヤと意地悪く笑みを浮かべる。

「また行くのか?今度は、ちゃんと自分の足で帰って来いよ、頼むぞ?いつもいつも、探すのはワシらなんだからなあ」

「分かってる・・・」

 ドドラは門番と目を合わせないようにしながら、その前を俯きながら通過した。


 パルテノの街を出発して1時間余りで、ポンペイ火山へと続く登山道の入口に到着した。周囲全てが冷えて固まった溶岩に覆われていて、その歪な形状が何とも言えず不気味だ。この光景を目の当たりにすると、遥か昔にポンペイ火山の噴火により、パルテノが一度滅んだという伝説も真実に思えてくる。


 登山道に足を踏み入れる直前、振り向いたドドラがシャルルに告げる。

「ここから先は、かなり強力な魔物も出没する。間違いなくワシは苦戦する。もしかすると、負けるかも知れない。だがワシは、シャルルに魔物を倒す手伝いをして欲しいとは思っていない。ただ、ワシが動けなくなった時に、街まで連れて帰ってもらいたいだけなんだ。

 これは、ワシが、自分の力だけで成し遂げなければならないんだ」


 意味が分からずシャルルは首を傾げた。すると、ドドラが手にしているミスリル製の鎚矛を突き出した。

「この鎚矛は全てがミスリルでできている。ミスリルを精製し、芸術の域まで加工できるのはドワーフだけだ。それは、どうしてだと思う?」


 シャルルに問い掛けるが、当然のように答えは返ってこない。ドドラも正解を求めいる訳ではない。


「それは、ドワーフに流れる血だ。長い年月をかけ、ずっと鉱物と、ミスリルと向き合ってきたドワーフの血に、悠久の時の流れがミスリルの精製手法を刻み込んだのだ。だからこそ、ドワーフにしかミスリルの力を発揮させることができる武器は作れない。

 それと同じように、個人が持つ特殊な技能スキルも、血によって受け継がれている。魂に刻まれた宿命・・・そう言った方が良いのかも知れない。それがもし、世界を暗闇から護るために役立つのであれば、ワシは、ワシ等ドウェル一族は、全身全霊を傾けなければならない。だからワシは、絶対に、聖光の鎚を諦めるわけにはいかない。遠くない未来、世界を覆う絶望と戦う英雄のために、ワシは剣を作らなければならない!!」


 溶岩道へと、ドドラが力強く足を踏み出した。


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