闇ギルド デスマの暗躍②
始めて出会う感動にシャルルが興味津津で眺めていると、そのドワーフがズカズカと距離を詰めてくる。何事かと思って立ち止まっていると、ドワーフは手にしていた鎚矛をシャルルに向かって振り上げた。
尋常な筋力ではない。一般人では持ち上げることさえも困難な金属の塊を、右手一本で軽々と持ち上げているのだ。そんな強力でもって鎚矛で殴られれば、下手をすれば命を落とす可能性もある。
そんな交戦的なドワーフに、シャルルは慌てて声を掛ける。
「ちょっと、待って下さい!!いきなり何なんですか?」
もし、このドワーフが盗賊であれば討たなければならない。しかし、ドワーフが盗賊をしているという話など聞いたこともない。身長が低いため馬には乗れないし、筋肉量が多いため比重が重く足が極端に遅いのだ。失敗した時には、真っ先に捕縛されてしまうからだ。
「小僧っ、アイツらの仲間だろ!!」
アイツら?
シャルルには、一体何の話なのか全く分からない。
「何のことです?僕はずっと、一人旅をしていますけど」
「嘘を吐くな!!この道を、たった1人で通れるはずがないだろ。あの盗人どもの仲間以外に考えられない!!」
いつでも叩き伏せられるように、ドワーフは鎚矛を頭上で静止しさせたままだ。それだけでも、異常な強力のほどが分かる。
アイツら、盗人、ワイバーン・・・これらのピースが揃い、ようやくシャルルは状況が理解できた。
闇ギルド・デスマの一派が、ドワーフの国から何かを盗み出したのだ。
「5時間ほど前、ワイバーン群れと擦れ違いましたけど・・・それ、ですかね?」
「そう、それだ。お前は、その仲間だろうが!!」
「いや、仮に仲間だとして、なぜ僕はたった1人で、この場所にいなければならないんですか?」
「それはまあ・・・う、裏切られたんだろ!!」
う・・・む、胸が苦しい。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせたシャルルは、大きく息を吐き出してドワーフに向き直る。
「ほら、見て下さい」
仕方なくシャルルは服を脱ぎ、上半身裸になった。デスマのメンバーは、牙鼠の刺青をしていることで有名だ。しかも、刺青の位置は必ず左肩である。何の拘りなのか分からないが、一般人との見分けは簡単だった。
ドワーフは至近距離から、シャルルの左肩を入念に調べる。しかし、デスマのメンバーの証明である刺青はどこにもない。一気に、ドワーフの怒気が萎む。そして、シャルルに対し、小さな声で謝罪した。
「申し訳ない」
ドワーフは頭を下げ、重量感のある鎚矛を地面に下ろした。
「いえ、別に構いませんよ。
それより、一体何があったんですか?先ほどから、何か物騒な感じがしますけど・・・」
「うむ・・・」
目を瞑り、ドワーフが逡巡する。
「もう、追っても間に合うまいな」
そう言って大きく溜め息を吐くと、ドワーフは改めて頭を下げた。
「ワシの名前はドドラ・ドウェル。パルテノで刀鍛冶をしている。
実は昨夜、評議会の会館から秘宝が盗まれた。正面から堂々と押し入り、ほんの僅かな時間で盗んでいった。目撃者から腕に牙鼠の刺青があったとの報告があり、闇ギルドの仕業だと判明したのだ。その後、町外れから複数のワイバーンが飛び立ったとの続報が入り、ここまで追ってきたと―――いう訳だ。しかし、もう追っても無駄だな・・・」
「なるほど」と、シャルルは首肯した。
シャルルがワイバーンとすれ違ったのは5時間も前だ。追っても無駄どころか、姿を見ることすらできないだろう。しかし、ここでシャルルは1つだけ疑問を抱いた。早速、それを確認する。
「ドワーフの皆さんは鍛冶職人として有名ですが、戦士としても高ランクだと聞いています。闇ギルドが相手とはいえ、簡単に秘宝を盗まれるとは思えないんですけど?」
シャルルの問いに、ドドラは視線を泳がせる。
「その時はたまたま、酒宴・・・評議会の最中で、白熱した歌・・・議論を戦わせていたのだ。それで、モニョモニョ・・・」
状況は分かった。ドワーフが酒好きというのは本当らしい。恐らく、大量の酒を差し入れし、酒宴が開かれている間に盗み出したのだろう。そして、その酒宴に偶然参加していなかったドドラが、追討メンバーに選ばれたに違いない。
「ところで、僕はパルテノに行く途中なのですが、帰り道に同行させてもらっても良いですか?」
シャルルの申し出に、ドドラは厚い胸板を叩いて快諾する。
「おお、良いとも。それにしても、よく1人でこの道を通ってきたものだ。この道から来た者など
記憶にないぞ。・・・ところで、酒は持ってないのか?」
「酒・・・」
シャルルは酒の類を全く飲まないため、アイテムボックスにも入ってない。しかし、酒がドワーフと親睦を深める手段であるなら、用意しなくてはならない。手持ちは無いが、どこかの街に転移してくれば簡単に入手は可能だ。
「到着したら、道案内のお礼にプレゼントしますよ」
「おお、それはありがたい!!たまには、変わった酒が飲みたいのだ。できれば、アルコール度数が高い、キュウっとくるヤツを頼むぞ!!」
「ハハハ、分かりました」
シャルルの返事を聞き、ドドラは満面の笑みを浮かべ意気揚々と歩き始める。
秘宝を盗まれたはずだけど・・・そんな疑問を浮かべながら、シャルルはドドラの背中を追い掛けた。




