ユーグロード王国の侵略③
「ガハァッ」
ガザドランの爪が喉笛に突き刺さり、ダイノート王が口から大量の血を吐き出す。
その瞬間、顔面を返り血で染めたガザドランが邪悪な笑みを浮かべ、その豪腕が真横に動くと同時にダイノート王の首から鮮血が吹き出した。
致命傷だということは、誰の目にも明らかだった。ダイノート王の両腕はダラリと垂れ下がり、既に力を失っていた。
「王よ、これでこの国は終わりだ。そして、オレに勝てる者はいなくなった!!」
ガザドランは視線を動かし、今度は戦闘を見守っていた王妃に襲い掛かる。その速度に反応できる者はいない。ガザドランの腕が振り上げられた時には、既に王妃の逃げ場はなかった。
しかし―――
その爪が王妃に届くことはなかった。ダイノート王が最後の力を振り絞り、王妃の盾となったのだ。凶悪な爪はダイノート王の背骨を砕き、内臓まで達している。それでも、ガザドランの目から隠すため、王妃を腕の中に抱き締めて放さなかった。
「あ、あなた!!」
ダイノート王は王妃に優しく微笑むと、背を向けたままで目を閉じる。
「ガザドランよ、お前は間違っている。もちろん私もだ。強さを求め、武技を極め、他の武芸者達を葬ってきた・・・だが、そうではない。そうではないのだ。いずれ、お前も他の誰かに倒される時が来るであろう。それまでに、果たして―――――」
「やかましい!!」
ガザドランの爪が更に深く食い込み、ダイノート王は大量に吐血して動かなくなった。
「所詮は、負け犬の遠吠えだ。強者だからこそ、勝者になるのだ!!」
次の瞬間、王妃の脇腹にユーグロード兵の槍が深々と突き刺さった。矛先さえ見えないまでに内臓を抉った槍が引き抜かれると、まるで噴水のように血飛沫が舞う。王妃の腕が小刻みに震えながら子供達の方へと伸び、一瞬止まった後で力無く落ちた。
「う、うわああああああっ!!」
それに、真っ先に反応したのは、第一王女のパテト・チャタルだった。
近衛隊長であるカレンの背後に匿われていたが、頭上を跳び越してガザドランの前に飛び出した。パテトは全身に闘気を巡らせ、その場で一気に獣化する。耳をピンと立たせ、箒のような尾が天に向かって伸びている。口元から2本の鋭利な牙を剥き出しにして、パテトは姿勢を低くしてガザドランを睨み付けた。
その姿を目にしたガザドランは、嘲笑を受かべ警戒態勢を解いた。
「おいおい、いくら俺が非道だと言っても、犬っころの小娘を相手にするつもりはないぞ」
唸り声を上げ威嚇するパテトは、犬の獣人だった。誰が見ても、100%勝ち目はない。
それでも、パテトは飛び掛かった。身体中を駆け巡る獣人の血が、例え負けると分かっていても、その魂を滾らせる。目の前で両親を殺した相手を、国民を蹂躙した敵を、許す訳にはいかない―――と。
未だに侮るザガドランの首元を目掛け、その牙を突き立てるために跳躍する。想像以上の俊敏さにガザドランは一瞬目を見張るが、右足で強力に蹴り上げて吹き飛ばした。一撃で朦朧となる意識の中、パテトは天井に着地すると、思い切りジャンプする。注意が逸れていた一瞬の隙を突き、ガザドランの頬に擦り傷を付けた。
頬に手を当てたガザドランが、微かな血糊を目にして吠える。
「小娘があっ!!殺してやる!!」
その鋭い爪が空気を薙ぐ。
偶然か必然か、頭を下げて回避。
連続で襲い来る蹴撃を後方に飛ぶことで和らげ、宙返りして身構える。
着地を狙った回し蹴り。
その足に両足を乗せて再び跳躍。
壁に両足で着地し、その勢いを利用して真横に走る。
背後に轟音。
砕け散る壁。
その破片が頬を切り裂く。
鮮血が飛び散り、呼吸が乱れる。
壁からの特攻。
短い牙が空を切る。
後頭部から鈍痛。
意識が飛び、瓦礫の山を何度も横転。
視界が歪み、視界が暗闇に包まれる。
震える足に力を込め、再び立ち上がる。
パテトは既に限界だった。一撃で足はガクガク震え、もはや動くことさえままならない。攻撃よりも、圧倒的に耐久力が足りない。それでも、半開きの目でザガドランを睨み付け、戦う意志を見せる。
しかし、口からは血が溢れ出し、頭部はユラユラと揺れ続けている。あと一撃でも浴びれば、完全に意識を刈り取られてしまうだろう。そのまま踏み潰されるのか、兵士達の慰みものになるのか。どちらにしろ、明るい未来は待っていない。
「パテト様―――!!」
その時、我に返った近衛隊長が獣化し、パテトを庇うようにしてザガドランの前に立ち塞がった。
「ほう・・・」
ザガドランの目が細められ、豹に獣化したカレンの品定めをする。
カレン・シャンタンは、アニノート王国で最強の女戦士である。レベル35。普通に考えれば、まず負けることなど考えられない。だからこそ、近衛隊の隊長を任されている。しかし、相手はレベル40を超えるかオオカミの獣人である。流石に、勝ち目は薄い。
その時、どうにか立っていたパテトが、ついに膝から崩れ落ちた。
「構わんぞ」
強者を目の前にしたザガドランは、その戦闘を、快楽を重視する。その他のことなど、ほんの些細なことなのである。
カレンは一瞬の隙をつき、パテトに転移結晶を投げ付けた。




