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ユーグロード王国の侵略①


「なに!?もう一度言ってみろ!!」


 ユーグロード王国の王城最上階で、ダムザの声が響く。その声には苛立ちはなく、喜色に満ちていた。


「はっ、ラストダンジョンの調査に行っていた者の報告によりますと、枯れていたと」

「枯れていた?・・・ハハハハハハハハ!!そうか、枯れていたか!!」


 ダンジョンは魔物を生み、希少金属を埋蔵する洞窟である。ダンジョンには最深部に、そのマスターたる魔物が潜んでいる。その魔物を討伐すると魔物が生まれることがなくなり、ダンジョンの機能は停止する。この、ダンジョンの機能が停止した状態を、「枯れる」と呼ぶ。


 この枯れた状態は、主にダンジョンマスターを討伐した時に生じるが、稀にマスターが移動した際にも起きる。ダムザは後者を予想していた。当然、ゴミとして捨てた勇者モドキが、単独で魔王を討ち果たしたとは思っていない。


「―――陛下」

 耳元で囁かれる甘美な声音に、ダムザが大きく頷く。

「分かっている・・・至急、ガザドラン・ザガールを呼べ!!」

 王の間から下がっていく文官を眺めながら、ダムザは歪な笑みを浮かべる。そして、リリスから差し出された深紅に染まる飲み物を一気に呷り、荒々しく口元を拭った。


 ラストダンジョンの調査を命じたのはダムザである。

 ダムザは王位に就くと同時に、兄である第一王子のカインを辺境の地インシュプロントに幽閉した。天に太陽が2つあってはならない。自らの地位を盤石のものにするために、その影響力を削いだのだ。当然のことながら、カイン派の諸侯はその処置に反発し、意を唱えた。ダムザはそれを待ち構えていたかのように、すぐさま挙兵し殲滅した。もはや、ダムザに意見する者は国内にいない。


 国内を平定した後、ダムザが目指したのはムーランド大陸の統一である。ユーグロード王国は大国とはいえ、同じムーランド大陸には、他に大小5つの国が存在している。それらを侵略し、滅亡させることにより、大陸を一国で支配しようと考えているのだ。


 全世界から魔石を集め、魔道兵器を量産したことにより、僅かな期間でユーグロード王国の武力は以前の数倍になった。今ならば、隣接する国々と友好条約を結んでいる今ならば、奇襲によって統一を成し遂げられるはずだ。卑怯ではない。戦略だ。油断する方が悪いのだ。

 ただ、ラストダンジョンだけが、魔王だけが懸念材料だった。その唯一の障害さえも、向こうから勝手に無くなった。後顧の憂いもない。何もかもが、ダムザの思い通りだった。


「陛下、ガザドラン・ザガール将軍が参られました」

「よし、通せ」


 ダムザが招集して10分と経たないうちに、ガザドランは現れた。ダムザに対立する諸侯を、先陣を切って蹂躙し、今や大将軍の座に就いている。しかし、その根源にある戦闘に対する欲求は留まることを知らず、今だ常に血と暴力を求めていた。


「陛下、もしや戦闘ですか?」

 王の間に入るなり、ガザドランは唸り声を上げる。その様子を見たダムザは、口角を吊り上げながら目を細めた。

「その通りだ。隣国、アニノートを攻めろ。境界であるキノッサに兵5000と共に出陣し、完膚無きまでに叩き伏せろ。アニノートと我が国は友好同盟を結んでいる。一応、国境を越える直前に、同盟を破棄し、宣戦布告はしておけよ」

「おお、獣人の国アニノートですな。血が騒ぐ・・・では、今すぐ出陣します!!」

 ガザドランは片膝をついてダムザに頭を下げた後、勢い良く立ち上がると兵舎へと向かっていった。


「陛下・・・」

「何だ?」

 玉座の隣に立ち、ダムザに口移しで赤い液体を運ぶリリス。その豊満な肉体をダムザの顔に押し付けながら問う。

「なぜ、アニノートなのですか?もっと、簡単に落とせる国があると思うのですが」


 アニノートはユーグロード東部にある山脈を越えた場所にある、獣人達が支配する国である。

 獣人は常態であれば、尻尾がある以外人間と変わらない。しかし、獣化により半獣半人に変身すると、圧倒的に運動能力と膂力が上昇し他種族を圧倒するのだ。普通の人間ではその動きを視認することさえできず、一瞬にして肉塊に変えられてしまう。それ故に、獣人が支配する国に攻め込むなど、自殺行為に思えたのだ。


 リリスの疑問に、薄ら笑いを浮かべたダムザが答える。

「確かにヤツラは戦闘能力が高い。だが、それ以上に、ヤツラは信義を大切にする種族だ。友好同盟を結んでいる我が国が国境で兵を集めようが、ヤツラは気に留めることもないだろう。他国が襲われた後では難しいかも知れないが、最初であれば間違いなく奇襲で殲滅できる」

「なるほど、納得致しました」


 リリスはダムザの目の前に移動すると、両手を広げ正面から絡み付く。そして、耳たぶを甘噛みしながら、生温かい吐息を吹きかけた。

 「これで、また一歩、世界制覇に近付くのですね。ああ、早く、ダムザ様が世界の王として君臨する姿が見たいわ」

 ダムザが、荒々しくリリスを抱き締める。

「任せておけ」


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