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赤と青の分岐点⑥

 ギルド職員からの情報により、ジアンダに向かうルートは推奨できないことが分かった。そもそも、一般的に移動は安全を重視するものであるため、十分に整備されている保養地経由を勧めているのだろう。当然、ギルドもアルサート伯爵から手数料を貰っているものと思われる。


「分かりました。ところで、この辺りの地図はありませんか?大雑把な感じでも構わないので、帝都や主要都市の位置が分かる物があれば」

 シャルルはムーランド大陸の出身である。アルムス帝国があることは知っていたが、都市の位置関係などは全く分かっていない。当然、マッピングスキルや俯瞰視スキルを持っていないため、方角すらほとんど把握できていないのである。


「はい、2種類ありますよ。1つは安価ですが、本当に適当です。もう1つは詳しく記載されていて信憑性もありますが、正直なところかなり高額になります。すいませんが、情報は無料タダではありませんので」


 職員の話し方から察するに、冒険者とのやり取りを見ていたため、お金も持っていないと思われているのだろう。職員の説明ではないが、シャルルも情報は高価なものだと認識している。満足できる情報であれば、いくら高くても問題ない。


「では、詳しい方で」

「え、本気ですか?金貨5枚もしますけど・・・」

 シャルルはポケット経由でアイテムボックスから金貨を取り出すと、カウンターの上に並べた。

「これで良いですか?」

 職員は目を見開き、金貨を眺めている。まさか、駆け出しの冒険者が、簡単に金貨を5枚も出すとは思っていなかったのだろう。ちなみに、もう一方の地図は銀貨3枚であった。


「あ、はい、少々お待ち下さい」

 奥の金庫から地図を取り出し、それをシャルルに手渡す。金貨が5枚あれば、贅沢をしなければ2、3ヶ月は生活できる。


 受け取った地図をカウンターで開き、シャルルはギザ周辺の様子を確認する。

 クルサード辺境伯の話や職員の説明を受けた時から、ずっと気になっていたことがあったのだ。それは、最短ルートである北方面の話しが全く出てこないことだった。東がハイノ、西がジアンダ、南がサリウ。では、北には一体何があるのか?


 地図でギザの北を確認すると、かなり広大な土地が真っ黒に塗り潰されていた。不思議に思い、シャルルは職員に訊ねた。

「この、黒い部分は何ですか?」

「ああ、そこは、古の呪われた大地ですよ」

「古の呪われた大地?」

「ええ、大昔ここで何かがあったらしく、余りにも濃い瘴気のために誰も中に入ることができないのです。それで、呪われた大地と呼ばれるようになったのです」


 呪われた大地―――瘴気濃度が高過ぎるため、一般人であれば5分。Dランク相当の冒険者であっても、10分以上いれば正気を失う。過去、この地で一体何が起きたのかは不明であるが、「魔王クラスの魔物が出現、或いは、失われた超級魔法の使用。そのいずれかでなければ、こんな状態にはならない」という調査結果が出ている。


 内部の状況が気にはなったが、現在の目的はそれではない。シャルルは視線を地図の西側に移すと、目的地をパルテノに向ける。パルテノは、ドワーフの国ジアンダの首都である。首都といっても、そもそもドワーフの国に都市はここしかない。ドワーフの人口が、5000人程度に過ぎないためである。


 シャルルは礼を言い、ギルドのカウンターを後にする。

 すると、ギルドの出口に向かっていたシャルルの前に、再び大柄な男が立ち塞がった。先ほど絡んできた男の仲間らしい。大男は腰を屈めて顔を近付けると、唾を飛ばしながらシャルルに凄む。

「ちょっと、ツラ貸さんかいっ!!」

 大きな溜め息を吐くと、シャルルは大男の後についてギルドを出た。


 絵に描いたような展開に、流石にシャルルも辟易する。外に出ると、ギルド内に屯していた冒険者達が待ち構えていたのだ。金貨5枚を簡単に支払ったことから、金持ちのボンボンとでも勘違いされたのかも知れない。本当に金持ちの息子なら、護衛も付けず、しかも薄汚れた格好に銅の剣なんてことはないと思うのだが。


 薄暗い路地に連れ込んだ大男達。そんな彼等の中から、先ほどシャルルに倒された男が顔を出す。

「このクソガキが!!銅貨だあ?金持ってんじゃねえか。ふざけやがってえええっ!!」

 叫んではいるものの、完全に腰が引けている。何をされたのかは分からないものの、気味が悪いのだろう。他の5人の男達は、ニヤニヤしながらシャルルを取り囲む。

 しかし、人目に付かない路地、しかも、逃げ場のない状況で危機に陥っているのはシャルルではない。


「えっと・・・いつもこんな事をしているんですか?」

 怯えた様子も見せず穏やかな口調で話し掛けられ、逆に大男が動揺を見せる。

「な、な、何言ってやがる。これが、この世の常識だ!!強い者が、弱い者から搾取する。やられたくなければ、強くなりゃあいいのさ!!」


 強い―――――

 それって、一体何だ?


 襲い掛かってきた大男の拳を避け、後頭部に神速の手刀を落とす。後方から振り下ろされる木材を右手で受け流し、そのまま鳩尾に肘を打ち込む。一瞬にして2人の冒険者が地面に転がった。


「な、コ、コイツ・・・」

 残りの4人が腰に佩いていた剣を抜く。もはや、新人イビリでは済まない。下手をすれば、大怪我、あるいは死人が出るかも知れない。そんな状況においても、シャルルに全く動揺の色は見られない。剣を抜く素振りもない。


 シャルルはダンジョン砦での攻防を思い起こしていた。

 絶体絶命の危機に陥っても、周囲を鼓舞し、常に顔を上げていたマリア。

 ―――――強さとは、何だ?


 迫りくる剣を最小限の動きで躱し、一回転して裏拳を顔面に叩き込む。そのまま背後の男の懐ひ飛び込み、再び顔面を拳で打ち抜いた。視認できる速度を超えた動き。瞬きする間に、2人の冒険者が路地裏の壁に吹き飛んで、前のめりに倒れる。

 何が起きたのかは分からないが、目の前にいる若い冒険者が只者ではないことだけは理解できる。残りの2人は、路地の出口に向かって一目散に走り出した。

 しかし、前を走っていた男が突然倒れ、それに巻き込まれる形で、最後の1人もその場で地面に転がった。手で小石を弄ぶシャルルの姿を目にし、倒れた男の後頭部がへこんでいることに気付いた。


「ま、待ってくれ、お、俺達が悪かった」

 震えながら必死に土下座する男は、真っ先にギルドで絡んできた冒険者だった。

「有り金出す、出しますから、どうか、許して下さい」

 懐からジャラジャラと銀貨や銅貨を出し、地面にばら撒く男。それを見たシャルルから、全身の力が抜けていく。


 許すも許さないも、裁くのはシャルルではない。襲われたから撃退しただけで、特に怨みがある訳でもなく、制裁を加えようとした訳でもないのだ。それでも、シャルルは頭を地面に擦り付ける男を蹴り飛ばした。


 ただ、理不尽な事だけは我慢できなかった。

 全財産を叩いて旅に出ようとしていた者がいたかも知れない。ようやくクエストをクリアし、報酬を受け取った者がいたかも知れない。その人達が、理不尽に捕まり、蹂躙されることだけは決して許せない。

 力足らず魔物に食われるのは仕方がない。山賊に囲まれ、切り刻まれるのは運命だ。しかし、ギルドで待ち伏せされ、騙し討ちされることだけはあってはならない。それでは、ギルドに、人に、裏切られただけではないか。


 シャルルは薄暗くなり始めていた中央通りに出ると、今晩泊まる宿を探す。今夜だけはゆっくり休む予定だ。明日からは、険路を進まなければならないのだから。


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