赤と青の分岐点④
翌朝、シャルルは城の応接室でクルサード辺境伯と対面していた。当然、その傍らにはマリアもいる。
「ダンジョン砦の件は、本当に世話になったな。それで、これからどうしようというのだ?」
辺境伯の問いに、シャルルが今後の予定について話す。
当初はユーグロード王国を離れ、世界を放浪する予定だった。しかし今は思う所があり、各地の伝承を調査しようと考えている。
「はい、とりあえず帝都に行き、ギルドの本登録を済ませようと思っています」
「そうか。では、北に向かうのだな?」
辺境伯の確認に対し、シャルルが頷いた。
「ふむ。サリウから駅馬車で5日ほど北上した場所に、ギザという町がある。そこまでがワシの領土だ。ギザが分岐点となり、西に進むと保養地である海辺の町ハイノ。東に進むと、ドワーフの国ジアンダがある。どちらを利用しても帝都には通じているが、ジアンダは火山地帯ということもあり、かなり危険だ。大半の者はハイノを選択するようだぞ」
そこまで説明した辺境伯は、意地の悪い笑みを浮かべて質問をする。
「ハイノには砂浜があり、そこは高級な保養地になっている。当然、治安も安定している。しかも若い女性が、水着姿で歩いているらしいぞ。逆に、ジアンダは色々と問題がある国だ。しかし、世界を代表する鍛冶職人が大勢いる。200年前の勇者も、ジアンダで剣を鍛えたと言われている。
さて、それで、シャルル殿はどちらを選択されるつもりかな?」
「ジアンダ経由で」
即答だった。
シャルルの旅は、単なる旅行ではなくなっている。当然、若い女性の水着姿に興味はない。それに、勇者の剣を製作した鍛冶職人の街があるのなら、是非とも行きたいと思ったのだ。
辺境伯はシャルルの返事を聞くと、懐から金色に輝くペンダントを取り出す。そして、それを机上に置いて告げた。
「これは、ワシからの個人的な礼だ。帝国内で困ったことがあれば、それを相手に見せるが良い」
シャルルは遠慮がちに、それを手に取った。ペンダントには、辺境伯家の家紋である、鷲の紋章が彫られたメダルが取り付けてある。シャルルは返却するような無粋な真似はぜず、頭を下げて懐に収めた。
会話が一段落したところで、シャルルが立ち上がる。駅馬車の出発時刻が迫ってきたのである。
「それでは、僕はこれで失礼します」
マリアはシャルルを見詰めたまま、静かに笑みを浮かべている。その姿を見ていた辺境伯が、少し困った表情で声を掛ける。
「マリア、もう良いのか?」
父親に促され限界に達したのか、マリアが勢い良く立ち上がった。
「シャルル様、きっと、きっと、戻ってきて下さいね」
それを耳にしたシャルルは、力強く頷く。
「もちろんです。何かあった時には必ず戻って来ますから、マリアさんは今のうちに準備をしていて下さい。そう遠くない日に、必ずやってくるでしょうから」
「分かりましたわ」
その会話を最後に、シャルルは応接室を後にした。マリアはそのまま背中を見送り、城門までついて行く様なことはしなかった。しかし、俯いたその肩は小刻みに震えていた。
「マリアよ、もし、もしもだ、本気であの男が好きなのであれば、ワシが引き止めても良いのだぞ?」
クルサード辺境伯の優しい言葉を、マリアは首を左右に振ることで拒否する。
「いいえ、お父様、私の我がままで、シャルル様をお止めることはできません。それに、止まることもないでしょう」
「それは、どういう意味だ?」
奇妙な言い回しに、辺境伯は怪訝な表情を見せた。
「お父様もご存知の通り、私のスキルは相手のステータスを見抜く能力です。どんな人であろうと、どんなスキルを持っていようと、私のスキルで見抜けないということはありません。どんなレベルの人でもです。ただし、1つだけ例外があります。相手の職業が勇者であった場合、もしくは、そのパーティメンバーの場合は無効化されます。
・・・私には、シャルル様のステータスが見えませんでした」
驚愕の余り、辺境伯の目が大きく見開かれる。
「恐らく、シャルル様は勇者です。パーティメンバーに裏切られたとか・・・何があったのか詳しいことは分かりませんが、いつの日か必ず、再び立ち上がる日が来るでしょう。ですから私は、私には・・・シャルル様をお止めすることなどできません」
マリアはシャルルが消えた扉を見詰めながら、大粒の涙を流していた。しかし、目元を両手で拭うと、勢い良く振り返る。
「こうしてはいられません。ダンジョン砦の復興を急ぎ、来たる時のために準備を始めなくてはなりません。お父様、今日この時より、私、マリア・クルサードを軍事顧問に任命して下さい。必ず、ご期待に応えますわ!!」
その決意に溢れた表情を見て、辺境伯は思わず言葉に詰まる。その姿が窓から射し込む光に照らされ、神々しく見えたのだ。娘だという贔屓目を抜きにして、辺境伯が即断する。
「マリアよ、この領地の軍事を全てお前に任せる」




