赤と青の分岐点③
「と、とりあえず、次はギルドに参りましょう。そうしましょう。シャルル様は、ギルドへの登録もしたい。そう、おっしゃっていたと記憶していますが?」
「ああ、はい。でも、ギルドの登録は帝都の本部でしかできないと・・・」
「いえ、それは少し勘違いされていますわね」
ギルド―――商人ギルド、生産者ギルドなど、様々なギルドが存在するが、そのほとんどは、ギルドという名の協同組合だ。シャルルがいうギルドは、各地を探索、冒険、様々なクエストを受注する冒険者ギルドのことだ。冒険者ギルドに登録すると、各地のギルドでクエストを受注できるほか、上位ランクになれば、通常では入場でない場所に立ち入りが許可されたり、調査依頼が届いたりする。当然、魔物の討伐、都市の防衛等の義務が生じ、または危険なクエストを実行するために命を落とす可能性もある。それを差し引いても、ギルドや他の冒険者が持つ情報と経験は、何かを追い求める者にとっては手に入れたいものなのだ。
「確かに、本登録は帝都のギルド本部でしかできませんが、仮登録であれば大都市の支部でも可能です。当然、ここサリウのギルド支部でも大丈夫ですわ」
「仮登録、ですか?」
中央通りをギルド支部に向かって並んで歩く。ステータスボード管理局からギルド支部までは、ほんの100メートル程度だ。
「ええ。仮登録すると、クエストも受けられますし、各地のギルド施設も利用可能になります。ただ、仮登録ではDランクまでしかランクが上がりませんし、同等のクエストしか受注できません。それに・・・」
「それに?」
「本登録している人達に蔑まれることも・・・」
冒険者ランクとは、ギルドが決める格付けである。クエストの受注内容、回数、または特別なクエストの成果によりポイントが加算されていく。新人はFランク、それからE、D、C、B、A、Sとアップしていく。Dランクで一般、Bランクで一流と言われている。現在、Sランクに到達している者は世界に10人もいない。
中央通り沿いの一角に、ギルドのサリウ支部はあった。その扉に手を掛けると、そのまま内側に押す。内部はまるでホテルのような形式になっており、ロビーには数十人の武装した者達、クエスト板と思しき掲示板の前にも多数の冒険者が集まっていた。
シャルルに気付いた者達が歪な笑みを浮かべる。
その中を、全く気にすることもなく、シャルルは受付へと向かった。受付の前に立ったシャルルに、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべた男が近付いて来た。ギルドでには、新人に対する洗礼儀式という名で周知のイビリがある。周囲の冒険者達も、笑みを浮かべて様子を窺っている。
近付いて来た男に対し、全く警戒することなくシャルルは振り返った。
「僕に、何かご用ですか?」
長年使い込まれ艶が出ているレザージャケット。ドス黒く染まった小手が、男の戦歴を物語っている。首からぶら下げている登録証に「D」の文字が表示されていた。
「おい、オマエ。新規の登録はそこじゃない。隣だ」
男が指差す先、そこには新規登録の看板がぶら下がっていた。そのことに気付いたシャルルが、頭を下げて礼を口にする。
「ありがとうございます」
シャルルの背後に立っているのは、クルサード辺境伯の長女マリアである。その知人だと分かるシャルルに、余計な手出しをする愚か者は流石にいなかった。
気を取り直して受付に向かうと、若い女性がシャルルに笑顔を向ける。
「いらっしゃいませ。新規のご登録ですか?」
「はい」
「それでは、ステータスボードの提示をお願いできますか?」
受付担当者の要求に従い、シャルルが作成したばかりのステータスボードを手渡す。それを見た受付の表情が激変した。それはそうだ。レベル30といえば、その辺りの兵士では全く歯が立たない。帝都の防衛を担う騎士でさえも、単独では劣勢に立たされるレベルである。その事実を、シャルル本人は知らない。
「支部では仮登録しかできませんが、それでも構いませんか?シャルル様のステータスであれば、本部で登録された方が良いかと・・・」
「そう、なんですか?まあ、いずれ帝都には行くつもりですので、その時に本登録しますよ」
「分かりました。では、暫くお待ち下さい。ギルドカードを発行しますので」
シャルルはロビーのベンチに座り、ギルドカードの発行を待つことにした。
「ギルドカードが発行されたら、すぐに出て行かれる予定ですか?」
少し憂いを秘めた瞳で、マリアが尋ねる。そんなことに気付くはずもないシャルルは、淡々と答えた。
「そう、ですね・・・もう夕方ですし、出発するのは明日の朝にしようと思います」
「では、今日は城にお泊まり下さい!!食べきれないほどのお食事をご用意致しますので!!」
両手を合わせて懇願するマリアに、シャルルは頭を下げた。
「それでは、お世話になります」
その10分後、ギルドカード発行手続きが完了した。
ようやく、シャルルはFランクの冒険者として再出発できることになった。




