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サリウの動乱⑤

 「大地が燃えている」という報告がクルサード辺境伯の居城に届いたのは、夜明け前であった。

 ザンギスが隠匿していたダンジョンが魔石を吸収し、過剰に蓄積された魔力が暴走しようとしていたのだ。既に、ダンジョンは離れた場所からでも確認できるほど、燃え上がるとうな激しい光を放っている。太陽が昇るまでには、間違いなく暴走するだろう。


 ダンジョンが暴走すればどうなるのか?

 暴走すると通常では考えられない数の魔物が生み出され、それがダンジョンより溢れて近隣の村や街を襲う。魔物の数や種類によっては、国が滅びた記録さえもある。ただ、今回はダンジョンが新しく、そして人為的に暴走させたため、それほど強力な魔物もいなければ、数も少ないのではないかと予想される。例えそうだとしても、都市を壊滅させるには十分過ぎる力だ。


「それで、一体何が起きているのだ?」

 緊急事態との報告に、早朝にも関わらず辺境伯が自ら内容を確認する。

 ザンギスを捕えたという報告かとも思ったが、どうも様子が違う。馬を飛ばして来たであろう兵士は、膝をついた状態でとんでもないことを口にした。


「申し上げます。ダンジョンの東方面の大地が真っ赤に燃えております。代官もおられず、我々では判断できないため、指示を頂きたく参りました!!」

「なに、燃えておる、とな?」

 辺境伯は報告を聞くと、ダンジョン方向にあるバルコニーに向かう。


 ダンジョンを管理するダンジョン砦とサリウまでの距離は約3キロ。その間は何もない草原であり、森の入口付近にあるダンジョン付近の様子を確認することができる。辺境伯はダンジョン砦に視線を送り、それを東側に移した瞬間に絶句した。


「あ、あの光は、ダンジョンの暴走・・・ザンギスめ、ダンジョンを隠しておったな!!」

 辺境伯は激怒して振り返ると、その場で叫んだ。

「ダンジョンの暴走は何としても止めねばならぬ。ワシが出陣する故、鎧を持て!!」

「お待ち下さい」

 今にも飛び出しそうな辺境伯を止めたのは、白銀の胸当てとバトルドレスに身を包んだマリアだった。


「お父様は、ここにお残り下さい。城門を固く閉じ、何としても、この街とここに住む人々をお護り下さい」

「だが、しかし!!」

「分かっております。ダンジョン砦にも大勢の人々が滞在しています。この地を預かる者として、見殺しにはできません。ですから、私に兵をお貸し下さい。私が、彼等を救って参ります!!」


 クルサード辺境伯は、マリアの言葉に首肯するしかなかった。溺愛する娘を最前線に送りたくはない。もし、本当にダンジョンが暴走すれば、砦など一瞬にして蹂躙されてしまう。そうなればマリアが助かる可能性はない。しかし、クルサード家はこの地を任された辺境伯だ。この地の民を護らなければならない。


「マリア、お前に兵300を預けよう」

 危険を感じたら、すぐに逃げるのだぞ―――その言葉を、グッと飲み込む。

 マリアは一礼すると、その身を翻して退室する。その後ろ姿には悲壮感などなく、この地を護る者としての強い決意だけが浮かんでいた。


 部屋の片隅でその一部始終を見ていたシャルルも、マリアと同じように部屋を出て行く。

 正直なところ、ダンジョンが暴走しようが、シャルルには関係がなかった。勇者であった頃ならば、何を差し置いても、どんな犠牲を払おうとも駆け付けなければならない。そう感じた。しかし、もう勇者は辞めたのだ。何の義務も責任も、今のシャルルにはない。

 だが、マリアは一時とはいえ行動を共にした知人だ。それならば、せめて魔物から逃げる時には手助けをしたい。どんなに無様な姿になろうと、マリアだけは無事にサリウに帰そう。そう、考えていた。


 外に通じる廊下で、シャルルに気付いたマリアが振り返る。

 シャルルは同行を願われるものと思っていた。言われなくても、最初から付いて行くつもりでいた。


「シャルル様、ここでお別れです。

 どう考えても、砦は長く持ちません。そして、この街も魔物の大群に囲まれるでしょう。ですから、シャルル様は今すぐに、この地からお逃げ下さい。そして、もし、どこかの街に辿り着いたら、この地に起きたことを伝え、援軍を依頼して下さい。私は、クルサード家の人間です。この地を、民を護るために出陣致しますわ」

 そう宣言して笑顔を見せるマリア。

 もう誰も信じることができなくなっていたシャルルの心が、ミシミシと音を立てる。


 城門付近に集められた兵士達。その正面には馬に跨ったマリア。状況を知らされ浮足立つ兵士達に向かい、マリアに声が響く。


「間もなくダンジョンが暴走します。

 私達は砦まで行き、そこにいる人々を救い出さなければなりません。

 ここで、貴方達に訊ねます。

 何のために兵士はいるのですか?

 民を抑え付けるためにいるのですか?

 いいえ、兵士は民の命を護るためにいるのです―――さあ、参りましょう!!」


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