サリウの動乱②
「それにしても、シャルル殿は異常に強いのう」
ベージュ色の絨毯が敷き詰められた応接室に通されたシャルルは、大理石で作られたテーブルを間にして、クルサード辺境伯と向かい合っている。先ほどとは違い抜刀していないが、抜き身の真剣と対峙しているような威圧感を覚える。さすが歴戦の猛者、といったところだろうか。
「いえ、まだまだ未熟ですので」
「そんなに謙遜するものではないぞ。されに、それだとワシが弱いということになるではないか」
返答に困るシャルルを助けるように、マリアがメイドを伴って入室してきた。メイドの手には、3枚の金貨が乗せられたトレーがある。
「お待たせ致しました。これが、成功報酬ですわ」
トレーに乗せられている金貨を受け取ると、シャルルはそれをポケット越しにアイテムボックスに入れた。
「金貨3枚など、命の恩人に対して少ないのではないのか?」
「いえ、そんなに大した事はしていませんし、そういう契約ですから」
普通の者であれば辺境伯の言葉に飛び付くところだが、今のシャルルは金銭を必要としていない。
シャルルに報酬を渡したマリアが、姿勢を正して辺境伯に向き直る。
「それはそうと、お父様に大事なお話しがあります」
「な、何だ?け、結婚は認めんぞ!!あと3年、いや2年待て!!」
激しく動揺する辺境伯を、マリアが冷めた目で制した。
「相手がおりませんので・・・それに、お父様を見たら、みんな逃げてしまいますわ」
「お、おお、そうか・・・では、何だ?」
あからさまに胸を撫で下ろす辺境伯。しかし、マリアの話がそれ以上の衝撃を与える。
「魔石はやはり、我が国からムーランド大陸に向けて、大量に密輸されていました。相手は恐らく、ユーグロード王国でしょう。今回だけでも、取り返した魔石は全てCランク以上、木箱にして5箱分にもなりますわ」
「ふむ。その量から考えると、我が国全域から流れていると考えて間違いないだろう」
「それだけ、闇ギルドの力が強くなっているのだと思います。
それと・・・大変残念ではありますが、捕えた盗賊の中に、ザンギス様の配下の者がおりました」
「なんと、ザンギスが!!」
辺境伯が勢い良く体を起こし、机と共にカップが大きく揺れた。
「ザンギス・・・」
「証人として、ザンギス様の兵士長を捕えてありますので」
「・・・う、うむ」
辺境伯は振り返ると、扉の横に控えていたダリルに声を掛ける。
「至急、ザンギスを呼べ」
「かしこまりました」
数分後、一度退室したダリルが戻ってきた。
「ザンギス様は、城内のどこにもいらっしゃいません。マリア様が戻られたドサクサに紛れ、城外に脱出されたものと思われます」
「なんと。それでは、黒幕は自分だと認めたようなものではないか!!」
「いかが致しましょうか?」
ダリルの報告に、クルサード辺境伯が表情を歪める。
その時、その一部始終を眺めていたシャルルが口を挟んだ。
「その、ザンギス様というのは、一体何者なんですか?」
「ザンギス様は、サリウにあるダンジョンの管理を任せている代官ですわ」
シャルルの問いには、隣に座っているマリアが答えた。そしてマリアは、続けてサリウのダンジョン運営についての説明を始める。
「このクルサード領には、アルムス帝国の管理下にあるダンジョンが存在します。ご存知の通り、ダンジョンは魔物が発生すると同時に、様々な恩恵を与えてくれます。魔物の討伐による魔石の取得、それに、珍しい鉱石の発掘などです。
通常、ダンジョンは巨大化する前に攻略してしまうのですが、それでは安定的な資源の回収ができません。そこでアルムス帝国では、ダンジョンを暴走しないように管理することによって、資源の安定供給を図っている。ということですわ」
「なるほど。それで、そのザンギス様という方が、そのダンジョンの代官なんですね?」
シャルルの確認に、マリアが即座に首肯した。
つまり、ダンジョンの管理者が、闇ギルドの手先であるデスリー商会と結託し、魔石を横流ししていたということである。
シャルルは首を捻った。
本当にそうだとしても、大きな疑問が残る。
あれほど大量の魔石が集まっていたということは、サリウからも大量の魔石が持ち出されていたはずだ。流石に、他の者が気付くのではないだろうか?
マリアの言葉が、シャルルの思考中断させた。
「ところでシャルル様。お急ぎの旅ではないのでしょう?
もしよろしければ、今夜は当家にお泊まりになられてはいかがですか?
部屋はいくらでも空いていますし、美味しいお食事もご用意致しますわ」
辺境伯の刺すような視線を受け流しながら、シャルルは再び考える。
どちらにしても、今日はサリウに宿泊することになる。ステータスボードを持てない身では、ギルドに登録することさえできない。そうなると、答えは1つだ。
「はい、よろしくお願いします」
シャルルの返事に表情を輝かせるマリア。それを目にした辺境伯は、小刻みに手を震わせながら引き攣った笑顔でシャルルに告げた。
「ああ、今すぐ帰・・・ゆっくりしていくと良い。食事は豚のエサ・・・直ぐにでも用意させよう」
「ア、ハハハ・・・はあ」




