ラストダンジョン②
「選ばれた勇者のみが通行できる」とされる扉をくぐり抜け、ダムザを先頭にラストダンジョン内部へと突入する。魔王はこんなに早く攻め込まれる事を想定していなかったのか、ダンジョンの改修どころか、守護する魔物の配置さえも終えていなかった。
さすがに外とは違い、魔物のレベルも高い。さまざまな耐性を持った魔物が存在し、魔法や特殊スキルによる攻撃を仕掛けてくる。しかし、パーティの相手ではなかった。
ユーグローグ王国の首脳陣も無能ではない。前回の大戦時、勇者には3人の仲間しかいなかった。しかし、今回は6名。しかも、寄せ集めではなく、魔王討伐に備えてレベルアップを図ってきた強者達だ。教訓を生かしたと言えば良いのか、前回とは環境が全く違うのだ。
パーティは3日で地下29階に辿り着き、ついに最奥の間にいる魔王を討伐するのみとなった。目の前には高さ5メートルはあろうかという金属製の扉。シャルルは再びダムザに呼ばれた。
「おい、オマケ、ここを開けろ!!」
「は、はい、すぐに!!」
既に「勇者」とさえも呼ばれないが、確かにカギの代わりにしかなっていないことを思うと、反論などできない。
シャルルが巨大な扉に触れると、ギシギシと音を立てながら奥に向かって開いていく。その瞬間、膨大なオーラを纏った何かが、暗闇の中で蠢いた。
「先陣は私が!!」
そう言うと、ダムザに頭を下げ、大剣を担いだアドバンが奥へと走り出した。扉から内部に足を踏み入れた瞬間、奥行きが数百メートル、幅が100メートルはあろうかという部屋の壁一面に紫色の炎が灯った。周囲の視界が一気に開ける。アドバンが向かった先にいるのは、高さ10メートル以上の巨大な土偶だった。
それを認識した瞬間、何かが扉に激突し、激しい金属音を立てる。
呻き声が聞こえ、シャルルがそちらに視線を移すと、切り込んで行ったはずのアドバンが蹲っていた。一瞬何が起きたのか分からなかったが、返り討ちにされたとしか思えなかった。
「イリア、ヒールを」
そう指示を出しながら、ダムザが不敵な笑みを浮かべる。そして、一歩ずつ内部へと進んで行った。
「最後にきて、ようやく骨のありそうな相手じゃねえか。
オマエ達、さあ行こう。世界の平和と、オレの玉座のために!!」
パーティ全員が部屋に突入すると、再び扉が閉じた。決着がつくまでは、ここから出さないつもりだ。
―――圧倒的だった。
戦闘が始まって僅か10分で、全員が満身創痍になった。相手のダメージは、ほぼ皆無。強固な外殻と防御結界を纏った土偶は、その巨大な体躯を活かして体当たりなどの物理攻撃を繰り返し、おまけに離れた場所から地震まで引き起こす。まさに、魔王と呼ぶに相応しい魔物だった。
シャルルは、当然のように戦闘に加わっていなかった。しかし、どう贔屓目に見ても、まるで勝てそうな気配がない。当初は意気揚々と余裕の笑みを浮かべていたダムザも、その表情が青ざめている。もちろん、その他の仲間も、誰ひとりとして明るい表情をしている者はいない。だからといって、逃げ切れる雰囲気ではないし、背後の扉は完全に閉まっている。
「あのう・・・思うんだけど」
不意に、傷だらけのララが口を開いた。
「何だ?」
重そうに王家の剣を構えたダムザが聞き返す。その問いが、絶望のどん底へと叩き落とすとも知らず。
「アレ、暗黒土偶で間違いないと思うわ」
「だから、ソレは何なんだ!!」
「だから、アレ、魔王じゃない」
「「「「「「えっ!?」」」」」」
その瞬間、全員の目が死んだ。
「シャルル・・・」
「はい」
ダムザに声を掛けられ、シャルルは慌てて返事をする。今まで、ヒマ潰しにイジメられる時か、勇者専用ミッション以外で呼ばれることがなかったからだ。
「オマエに重大な任務を与えてやる」
「はい?」
「これから俺は、あの暗黒土偶を倒すため、王家に伝わる禁断の呪文を使う。そのためには少しの間、あの土偶の動きを止めなければならない」
「はい」
「オマエにしかできない。頼んだぞ!!」
ダムザの言葉に、シャルルは大きく頷いた。生まれて以来、一度も頼られたことなどなかったシャルルは、これ以上ないほどの決意で銅の剣を握り締めた。
「うわああああああああ!!!!」
他の仲間を追い越し最前列へと向かったシャルルは、震えながら剣を構える。剣先がプルプルと揺れるが、これは武者震いに違いない。たぶん・・・
「おい、みんな集まれ!!えっと・・・シャルル以外」
背後でダムザの声が聞こえる。そして、シャルルを除いた6名が集合する。
「・・・撤退するぞ」
そう宣言したダムザの手にあったのは、銀色に輝く拳大の水晶だった。
「脱出の水晶だ。一度きりしか使えないが、ダンジョンの外まで退却できる王家の秘宝だ」
何やら不穏な会話が聞こえる。
しかし、この場を離れる訳にはいかないし、背中を向ければ瞬時に殺られてしまう。