サリウの動乱①
街を取り囲む防壁は石積で、高さが10メートル以上ある頑丈な造りだった。イグスタルーグよりも、数段耐久力が上に見える。しかも、川から水を引いているらしく、幅が5メートル以上はある水の流れが防壁の外枠を流れている。
巨大な跳ね橋は下りており、馬車は衛兵に止められることもなく門を通り抜けて行った。
馬車は停車することなく、メインストリートを真っ直ぐに進んで行く。
シャルルが窓から外を見ていると、小さな子供が馬車に手を振ったり、大人達が頭を下げたりしている。馬車が珍しいのかとも思ったが、街中に馬車は散見される。理由は別のところあるのだ。このメインストリートの先にあるものは何か。
ここは、ギリアム・クルサード辺境伯が治める地だ。出会った時に、マリアはシャルルに対し、何と名乗っただろうか。
シャルルはここにきて、ようやく思い出した。マリアはあのレストランで、こう自己紹介したのだ。「マリア・クルサード」だと。確かに、今は商人だとは言ったが、他のことは一切口にしていない。これならば、政務官適性がSであることにも納得できる。
宿場町で情報収集をしている時に、シャルルは頻繁に耳にした。
「ギリアム・クルサード辺境伯は仁君だ」、と。その治世に不満を漏らす領民は無く、政治手腕は抜群である。しかし、「最も優れているものは武勇であり、その実力はAランクの冒険者にも匹敵する」と。齢40にして筋骨隆々、奥方に頭は上がらないが、魔物には頭を上げさせない。
そして―――――
城に辿り着くと鉄製の重厚な門が、ギシギシという音を響かせながら開く。その瞬間、城門の内側から矢のような速さで飛び出してくる影があった。
「くたばれや、このクソ野郎がああああああ!!!!」
ゴウゴウと空気を切り裂く大剣が、シャルル目掛けて襲い掛かる。紙切れのように馬車の外装が千切れ飛び、そのままの勢いで刃先がシャルルに迫った。その時には既に、危険を察知したダリルがマリアを保護しており、背後には誰もいなかった。シャルルはその凶刃を両手で挟むと、その勢いを利用して右側に捻る。その反動で、危ない中年の男性が、轟音を轟かせて城門に突っ込んだ。
周囲が静まり返る中、真っ二つになった馬車からシャルルが脱出する。同時に、城門に激突した男性が、剣を杖代わりにして起き上った。しかも、満身創痍でありながら、再び両手で大剣を握ると全身から闘気を発し始める。
一体何が起きているのか分からないシャルルは、マリアの様子を窺う。マリアはそんなシャルルに、グーパンチの動作を示した。
「うおおおおおおおっ!!!!」
雄々しく立ち上がった中年男性は、気を練り込んで輝く剣を構え、獲物のを狙う獅子のようにシャルルに襲い掛かる。戸惑いながらも銅の剣で受け止めたシャルルは、仕方なく元の場所へ投げ飛ばした。
「旦那様、大丈夫ですか!!」
素早く駆け寄るダリル。近くにいた衛兵は、その光景を呆然と眺めている。
「イ、イタタタ・・・・」
腰をさすりながら立ち上がる中年男性に、マリアが歩み寄る。
―――――クルサード辺境伯は、子離れできていない、と。
「いくらお父様でも、シャルル様には勝てませんわ」
「お・父・様・?」
この時になって、ようやくシャルルは気付いた。突然襲い掛かってきた危ない中年男性が、領主であるギリアム・クルサード辺境伯であると。散々地面に這いつくばらせた後だ。シャルルには弁明の余地もない。
「まあ、今回のことに関しましては、いきなり剣を向けたお父様が一方的に悪いですわね。しかも、私の恩人であるシャルル様に」
見ず知らずの若い男の肩を持つ発言に、腰の痛みも忘れたクルサード辺境伯が雄雄しく立ち上がる。
「マ、マリア、我が娘よ。なぜ、その素性も知れぬ男の味方をするのだ。オマエは、その男にたぶらかされているだけだ。目を覚ませ・・・目を覚ますのだ!!」
クルサード辺境伯の顔に、マリアのグーパンチが炸裂する。
「シャルル様とはそんな関係ではありません。刺客から助けて頂いた恩人ですわ」
マリアが視線を向けると、ダリルがそれに合わせて横を向いた。どうやら、ダリルが事の成り行きを、伝書鳩で知らせていたらしい。しかも、誤解を山盛りで。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
クルサード親子の元に、おずおずとシャルルが近付く。すると、クルサード辺境伯が姿勢をただし、今更ではあるが威厳のある態度を示す。
「ワシが、この地を治めるクルサード・ギリアムである。
まあ、あれだ、色々と手違いがあったが、礼も言わねばならぬ。とりあえず、城に迎えよう。ただし、マリアと並んで歩いたら、国家反逆罪で地獄の底まで追い掛ける!!」
「ア、ハハハハ・・・」
シャルルはクルサード辺境伯に招かれ、その後をついて行った。何はともあれ、まだ成功報酬も貰っていないのだ。
両側に衛兵が立ち並ぶ玄関に足を踏み入れると、赤絨毯の両側に今度は10名以上のメイドが並んでいた。その全員が一斉に頭を下げる。
「マリアお嬢様、おかえりなさいませ!!」
それに、マリアが穏やかな笑顔で応えた。




