襲撃者③
夕暮れ時、当初の予定通りに荷馬車隊は中間地点の宿場町に到着した。
交易の中継点として栄えるこの宿場町には様々なランクの宿があり、十分な客室があるため満室などということは有り得ない。馬車を降りたマリアは、今夜の宿を決めるために大通りを西へ向かって歩き始めた。
その直後だった。
「マリア様ではございませんか?」
背後から声を掛けられたマリアが、相手を確認するために振り返った。
そこにいたのは、マリアと面識がある商人であった。
「あら、お久しぶりですわね。ご機嫌いかがですか?」
マリアが営業スマイルを浮かべ、その商人に挨拶する。
本当に面識がある程度で、それほど親しい間柄ではない。マリアは会釈をして通り過ぎようとしたものの、商人は商談を持ち掛けてきた。
「良い儲け話があるのですが、一口だけでも乗りませんか?
ああ、宿でしたら、金鯱亭が一番です。専用の倉庫も持っていますし、荷物の警護も無料でしてくれます。すぐ目の前、ここですから。どうぞどうぞ、先に部屋をお決め下さい。私はここで待っていますから」
商人に促され、マリアは金鯱亭に宿泊することにした。
そこそこランクが高い宿であればどこでも良かったため、勧められるがままに決めたのである。実際に倉庫を所有している宿は極一部であり、警護までしてくれるのであれば大助かりだ。
マリアは部屋を決めると、ダリルを伴って商人と会食に出掛けた。
一方、護衛のCランクパーティは、宿が管理する倉庫を眺めていた。宿泊客全員の荷物が保管されているため、自由に出入りすることはできないのだ。もし盗難被害でも発生すれば、宿の責任を問われるからである。
結局、何もできないため、Cランクパーティの5人は、メンバー全員で食事に出掛けることにした。
メイン通りに立ち並ぶ飲食店はどこも商人目当てで、Cランクには少し高目の値段設定になっている。しかし、奥の通りに向かえば一気に価格が下がり、そして客層も変わる。まだ報酬を受け取っていない彼等は、当然こちらの居酒屋になる。
軽く食事をとり、多少腹が膨れてきた頃、突然、パーティが座るテーブルに5杯の酒が届いた。
「おい、誰か頼んだか?仕事中だから、酒類は止めておけと言っただろ」
リーダー格の男が自分以外の面々を見渡していると、不意に背後から声がした。
「同じ冒険者同士ですし、色々と情報交換しませんか?」
振り返ると、そこには娼婦のような女性が5人並んでいた。
Cランクパーティの面々は互いの顔を見合わせ、緩んだ笑みを浮かべて答えた。
「少しなら・・・」
それから1時間も経たない内に、酒に入れられた睡眠薬で彼等は朝まで目を覚ますことはなかった。
その頃、金鯱亭が厳重に管理しているはずの倉庫内で、不穏な動きをする者達が集結していた。10名以上の男達が、暗闇で規律の取れた動きを見せている。倉庫を警備していたはずの者達は周囲を警戒し、内部の男達に報告している。最初から、示し合わせていたとしか思えない動きだ。
「よし、荷物を確認し、こちらの荷台とすり替えるのだ。急げ!!」
「「「はっ」」」
全身黒ずくめの男達に、リーダー格と思しき者が素早く指示を下す。その動きは盗賊などではなく、日頃から訓練された軍隊のようだ。黒ずくめの男達は一斉に散り、各荷台の中身を確認していく。
普通であれば、これで作戦は完遂されていただろう。
しかし、その一連の行動を、更に監視していた人物がいた。その影がフワリと倉庫の天井から飛び降りると、リーダー格の男に向かって行く。
「まさか、マリアさんの言った通りになるなんて・・・」
シャルルは呆れた口調で呟き、腰に佩いている銅の剣を抜いた。
マリアが襲撃の予想をした後、シャルルは別行動をとっていた。盗賊を一網打尽にするため、先行して宿場町に行き、潜伏して待ち構えていたのだ。
「誰だ!?」
シャルルの気配に気付き、リーダー格の男が叫んだ。
その声を耳にし、荷台に散っていた黒ずくめの男達が戻って来る。そして、シャルルの姿を確認すると躊躇なく抜刀した。
「誰だって訊きたいのは、こっちの方なんだけどね。僕の依頼主の荷物を、一体どうしようとしているんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、リーダー格の男が即座に指示を飛ばす。
「殺れ!!」
一斉に襲い掛かる男達。しかし、5人の剣戟を片手で受け止めたシャルルによって、逆に弾き飛ばされてしまう。その光景を目の当たりにした他の者達が、剣を構えたままで後ずさった。
「こいつ、強いぞ!!」
「バラバラに戦わず、隊列を整えるんだ!!」
「「「おう!!」」」
掛け声とともに三列に別れ、盾を持った者を前衛にしてシャルルに迫る。
「いやいや、それをしてしまうと、盗賊ではなく軍隊だということがバレてしまうんだけど・・・」
呆れるシャルルに、隊列を整えた男達が襲い掛かる。しかし、所詮は軍隊の布陣であり、多対1に適した戦術できない。シャルルは素早くサイドステップすると、側面から攻撃する。戦場ではあるまいし、正面から戦う必要はないのだ。
側面を突かれ、ほとんど抵抗さえできずに崩壊する陣形。戦闘は、再び乱戦に突入した。1つ、2つと倉庫の壁に穴が開いていき、倉庫内で動いている人数が減っていく。
「化け物か」
リーダー格の男がそう呟くまで、10分もかからなかった。




