襲撃者②
ソマリに到着すると、マリアは直ぐに輸送用の馬車を用意する。
魔石が詰め込まれた木箱はかなりの重量になるため、1台に2箱までしか積めない。そのため、魔石用の馬車3台とその他諸々を乗せる馬車が2台、それと、マリアが乗る馬車の6台編成になった。一般的な商人が2台か3台ほどで編成することを考えれば、かなり大所帯である。それはつまり、盗賊に襲撃される可能性が高くなるというを意味する。
「シャルル様、申し訳ございませんけど、すぐに出発致しますわ。ここで時間をかけてしまいますと、盗賊達に私達の情報が流れてしまうかも知れませんから」
シャルルが首を傾げる。
「ええ、構いませんけど。そんなに早く、我々の情報が流れるとは思いませんけど?」
「いえ」
マリアは何かを確信しているように、左右に首を振った。
「恐らく、盗賊は既に情報を握っていると思います。シャルル様がいらっしゃるので大丈夫だとは思いますが、念には念を、ですわ」
船から馬車へと荷物を積み直す作業を急ぐ中、シャルルはコソコソと路地裏に消えていく人影を目撃した。
「盗賊・・・ねえ」
あの服装は、マリアが雇っている従業員のものだ。従業員の中に相手の手先が紛れ込んでいるのであれば、確かに情報は筒抜けである。この事態に、マリアが気付いていないはずがない。
「鬼が出るか、蛇が出るか。何が現れても、マリアは僕が護ろう」
船が到着して2時間ほどで、出発の準備が整った。荷物の量と荷馬車の台数を考えれば、尋常な速さではない。これは、マリアの采配によるところが大きい。軍師適性Sは、やはり並ではない。
「では、出発致しますわ」
馬車に乗り込んだマリアがそう告げると、ダリルが深く一礼して右手を高々と振り上げる。
「出発―――――!!」
馬の嘶きと男達の声が響き渡り、先頭の馬車が動き始めた。
ソマリからサリウまでは、荷馬車帯同であれば2日程度。国防においても、この地を治めるクルサード辺境伯にとってもソマリとサリウを結ぶ道は重要であり、他の道と比較しても十分に整備されている。道程の中間地点には小さいながらも宿場町が作られ、お金さえ払えば野宿する必要がない。しかも、10日に1度の割り合いで辺境伯の兵士が巡回し、魔物や盗賊の討伐も行っている。普通であれば、それほど危険がない移動である。
シャルルは外で警戒をしようとしていたが、馬車に引きずり込まれマリアの隣に座っている。索敵能力があれば便利なのだが、そんな魔法もスキルもシャルルは所持していない。
出発はバタバタとしたものの、その後は順調そのものだった。
路面は土ではあるが、通行人が多いため踏み固められており平坦だ。それに、見晴らしの良い草原地帯に道が通っているため、魔物に遭遇する危険もほとんどない。上位の魔物になるほど警戒心が強ため、こんな場所には現れる可能性は低い。
そして、危惧していた盗賊の類も、今のところ気配すらない。
「出発が遅れましたが、道中急いだこともあり、日暮時には中間地点の宿場町に到着するものと思われます」
「予定通り、といったところですわね」
小休止の合間に、ダリルがマリアに報告する。荷馬車のためスピードは出ないものの、全員が荷台に乗り込んでいるため、通常よりも進行速度が速い。
「では、出発します」
馬に跨った若い男性が、マリアに声を掛けて合図を送る。それを受けた4人の冒険者達が、急いで荷馬車の周囲に散っていった。護衛として雇っていたBランクパーティの赤狼が全滅したため、マリアが新たにCランクパーティと護衛の契約を交わしたのだ。いくらシャルルが強いといっても、流石に人手が足りないだろうと、マリアが判断した。
つまり、マリアは確信していたのだ。必ず襲撃される―――と。
再び動き始めた馬車の中で、シャルルがマリアに問い掛ける。
「マリアさんは、ある程度予測しているんですよね?」
「もちろんですわ」
「その対処方法もですか?」
「まあ、あるにはありますけど・・・」
マリアが口ごもる。相当確率が低いのか、とんでもない内容なのだろう。マリアは隣に座るシャルルに向き直り、今後の予想を語り始めた。
「宿場町までの道程で襲撃されることは、まずありません。もし、ここで荷物を奪ったとしても、こう見晴らしが良くては、誰かに見られてしまいますから。襲撃者が欲しい物は魔石です。魔石を奪うために、一番効率が良い方法を採ってくるはずです」
「・・・それは?」
マリアが右手の人差指を立て、その指をシャルルの目の前で前後に揺らす。
「私が相手であれば、まず、私とダリルを荷物から引き離します。ダリルは名の売れた存在です。可能な限り、戦いたくはないでしょう。そして、新たに雇った護衛の冒険者達に睡眠薬を飲ませて、どこかに監禁します。そして、その隙に荷物をすり替え、闇に紛れて逃亡する―――――恐らく、こんなところですわね」
まるで自分が犯人であるかのような、マリアの予測。それを聞いたシャルルが不敵な笑みを浮かべる。
「それなら、こうしましょう」




