タンガニ湖の呪竜⑦
「まさか、女神魔法を無詠唱で・・・」
膨大な魔力と女神への祈りが必要な女神魔法を、イリアは無詠唱で行使した。それがどれほどデタラメな事なのか、シャルルには分かった。人類史上初ともいえるその行為は、イリアが神代かみよ魔法が使えるようになったことが大きい。神々との繋がり、祈りと願い。それを理解したイリアは、まさに聖女である。
島全体が腐食性のガスに覆われて溶解していく中、イリアの魔法効果がある範囲だけは全くの無傷だった。
ブレスが吐き尽された直後、再びパテトが飛び出した。まだまだ暴れ足りないのだろう。
水竜の頭部による攻撃を掻い潜り、巧みなステップで接近していく。それほど速い動きには見えなかったが、水竜の攻撃は掠りもせず、ついにパテトは手が届く距離に到達した。
「じゃあ、いっくよー!!」
パテトの気が一気に膨れ上がり、それが右手へと集束していく。激しい気の高まりによって、パテトの右手が光り輝くいている。
「―――爆裂闘気波!!」
気の塊が、直接水竜の体内に打ち込まれた。その瞬間、水竜の体全体が大きく波打って光る。パテトの気が水竜の体内を駆け廻り、あらゆる臓器を麻痺させたのだ。
水竜は完全に動きを止め、ブレスを放った首がパテトを見下したまま固まる。そして、ついにその首も重力に抗えず地面に倒れ伏した。パテトを潰して・・・
「マジ、何でアタシの上に落ちてくるのよ!!あーもートカゲ臭いんですけど!!」
「水竜をトカゲとか言うなよ・・・」
爆裂闘気波は強力な技ではあるが、気を全て放出するため、直後に硬直してしまう。実際の戦闘では致命傷になり兼ねないが―――
「だって、使ってみたかったんだもん」
だ、そうである。
過程はどうであれ、シャルル達は無事に水竜を倒すことに成功した。
「・・・生きてる?」
「大丈夫です」
シャルルの問いに、水竜の生存を確認していたイリアが答えた。
「大丈夫だって。殺すような技じゃないんだから」
ジト目のシャルルとイリア。絶対に死なない技の威力ではなかった。もし、殺すような展開になっていたら、冗談では済まなかっただろう。
「まあ、とりあえず・・・」
シャルルの意図を汲み取ったイリアが頷く。
「あの呪符、ですね。あれは、私が浄化しましょう」
イリアが逆鱗に張り付けられた呪符を浄化するために、水竜に歩み寄る。
その時だった―――
突然、水竜のすぐ傍に黒い影が浮き上がった。
その影を目にした瞬間、シャルルが叫ぶ。
「オヅノ・サコンか!?」
それは、幾度となく遭遇し、その度に逃げられたデスマの幹部。そして、ヤクモの死天王オヅノ・サコンであった。
「もしかして、あなたが呪符を!!」
一番近くにいたイリアが、身構えてオヅノに問う。すると、オヅノは水竜の方へと跳躍し、その巨体の上に降り立って答えた。
「いかにも。水竜に施したのはワシに相違ない」
オヅノがそう答えると同時に、その場に向かってパテトが跳んだ。しかし、オヅノは影に沈んでそれを躱し、今度は水竜の喉元に出現する。
「今、オヌシ達と交戦するつもりはない。早々に、これを持ち帰らねばならぬのでな」
言い終えるよりも早く、オヅノが手にしていた剣を振る。その剣先は目にも止まらぬ速さで振り切られ、水竜の逆鱗が宙に舞った。
水竜の血しぶきが舞い上がる中で、オヅノは呪符が貼られた逆鱗を掴んで着地する。
「水竜に呪符を貼ったまでは良かったのだが、ワシ1人では回収できなかったのじゃ。勇者一行よ。ご助力、かたじけない」
「くっ!!」
シャルルが剣を振って斬撃を飛ばすが、オヅノはそれを容易く躱す。そして、再び自らの影に沈んで消えた。
「・・・フフフ、我等が大願成就も近い。さあ、急げ。急いで、我等を止めに来るが良い・・・」
すぐさまシャルルが索敵の魔法を張り巡らせたが、既にオヅノの気配は完全に消えていた。
「と、とりあえず―――中級回復魔法ハイ・ヒール」
イリアが、逆鱗を奪われて血を流している水竜の治療を行う。下手をすれば、水竜が死んでしまうかも知れない。逆鱗が再び生えてくるのかどうかは分からないが、何と言っても存在自体がデタラメな竜種である。少々のことでは絶命しないだろう。
水竜の治療が一段落したところで、シャルルの元にイリアが戻ってきた。
「水竜の方は大丈夫だと思います。でも・・・」
「うん・・・」
オヅノが消えた場所に視線を移し、言葉を切るイリア。それに対し、シャルルは頷くことで返事をした。
何が目的で逆鱗を持ち帰ったのかは分からないが、世界樹の杖、光りの護符など、どれもこれも強力な魔法力を帯びた特殊アイテムである。それら収集している時点で、巨大な陰謀を企んでいることは間違いない。その目的を確かめるには、ヤクモに乗り込む以外に方法はない。




