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タンガニ湖の呪竜⑤

「ええっ、そんなの簡単じゃん」

 シャルルの呟きに、いつの間にか串焼きを咥えていたパテトが答える。

「こっちから攻撃すれば、怒って襲って来るんじゃない?」


 シャルルは呆れた口調で、パテトに告げる。

「どうやって攻撃するんだよ。この湖の最深部は、水深1200メートルもあるんだぞ。流石に、それだけ深く潜れないし、底まで届く規模の攻撃魔法を使ったら、湖がどうなるか想像もつかない」

「えー、何でそんなに難しく考えるの?」


 パテトは行儀悪く、串を咥えたまま歩き始める。そして、自分の5倍はあろうかという巨大な岩の前で立ち止まった。そこで、シャルルの方に顔だけ向けて訊ねた。

「で、水竜は、どの辺りにいるの?」

「え?あ、ああ、そこからだと、北西に3百メートルくらい・・・ちょうど、この方向だ」

 シャルルは方角を示しながら、怪訝な表情をした。


 相変わらず、パテトは自分のペースで行動を続ける。

 巨岩に手を掛けると地面から引き抜き、軽々と持ち上げた。そして、シャルルが示した方向へ、「よいしょ」と呟くと同時に放り投げる。


「ウソ・・・」

 パテトの異常な振る舞いに、常識人のイリアが唖然とする。

「こうやってさ、石を落としたら必ず底まで沈むんだから、どう考えても絶対に当たるでしょ?」

「いや、アレは岩だから。それも、特大サイズの・・・」


 投擲から数秒後。見事な放物線を描いた巨岩が、隕石でも落下したかのような水飛沫を上げて、狙い通りの位置に落下する。岩は湖底に向かって勢い良く突き進み、すぐに見えなくなった。


 そして、それから更に数分後。シャルルの索敵が、物凄い勢いで上昇してくる巨大な魔力の塊を感知した。


「マジか・・・マジで、当たったのか?というか、まだ、迎え撃つ準備もしてなければ、作戦も考えてないのに・・・」

 無意味に運を使い切ったパテトは、宣言通り、投げ込んだ巨岩を1度目で当てた。いくら水竜が巨大だとしても、岩の形状や水流、それに曖昧にしか位置が分からない状況で当たることなど、常識的に有り得ない。


 魔力の塊が、岩が落下した時以上の水飛沫を上げ、水中から顔を出した。


 水色に輝く鱗に覆われた体が陽の光りを反射して、キラキラと色彩を変化させながら蠢く。

 巨大な頭は蛇に酷似しているが、頭上には枝分かれした2本の角。

 そして、少し遅れて、その頭がもう1つ水中から突き出した。


 水竜は双頭の竜であった。天を駆ける翼は持たず、形状も蛇に近い。ただし、体長は30メートルを優に超え、胴体は直径4メートル余りある。その水色の鱗に覆われた強靭な体をしならせ、水上高くから鎌首をもたげてシャルル達を見下ろしている。


 水竜が威嚇してくることを想定し、シャルルは身構えていた。しかし、水竜は問答無用でいきなり襲い掛かってきた。竜種は威圧的な容姿とは裏腹に、理知的は存在である。まず言葉を交わし、それから攻撃態勢に入る。それは、竜種が他種よりも優れている自負があるからである。だからこそ、この攻撃は異常である。


 その巨体からは想像できない速さで、水竜はシャルルなど簡単に飲み込めるほどの巨大な口を開いて突貫する。その速度に面食らったが、シャルル達は左右に跳び、間一髪でそれを避けた。シャルルの背後で轟音が響き、地鳴りと共に岩石が辺り一面に飛散する。更に、一息吐く間もなく、もう片方の頭がシャルルに向かって突っ込んできた。それれもギリギリで避け、地面を転がった。


 次の攻撃に備え、振り返って身構える。すると、そこには考えなれないような光景が広がっていた。繰り返しになるが、竜種は高い知識を持った生物である。しかし、その水竜が、力任せの攻撃により、頭部を深々と地面に突き刺していたのだ。


「何だこれ・・・こんなの有り得ないだろ」


 シャルルの呟きを掻き消すように、水竜が雄叫びを上げる。そして、全身を震わせると、地面ごと2つの頭を持ち上げた。更に、水中に没していた尻尾を水面に浮上させ、激しく震動させながら湖面を叩き付ける。超振動によるソニックブームを纏った一撃は、その場所を中心として竜巻を引き起こした。その先端は空に向かって伸び、激しく湖水を巻き上げていく。


「これは、マズイかも・・・『烈風の刃』」

 パテトとイリアには認識できない言語で、シャルルが魔法を発動させた。

 右手を振り下ろすと同時に暴風が吹き荒れ、その全てが集約されて風の刃ができる。そして、それが水竜が作り出した竜巻へと向かう。激突の直後、その巨大な渦が真っ二つになり、水の塔が崩れ去った。


「なに、今の?」

「もしかして、竜語魔法ですか?」

 パテトとイリアが、シャルルの放った魔法に驚愕する。竜巻を打ち消すのであれば通常の魔法でも問題なかったが、最近はずっと竜語魔法縛りであったため、つい使ってしまったのだ。


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