タンガニ湖の呪竜④
早速シャルルは湖に向かうと、柵の外に出て目の前に広がる水面を見渡した。次に襲撃されるまで待つ訳にはいかないし、相手が強大であるなら後手に回る事は極力避けなければならない。
シャルルは目を閉じ、索敵の魔法を展開する。ランティアの話では数十メートルに及ぶ巨体であり、しかも、膨大な魔力を内包しているはずだ。そんな強力な魔物が、何体も湖に生息しているとは思えない。
「―――いた」
その呟きを耳にし、パテトとイリアがシャルルに近付いて来る。
「どう、強そう?」
全てを戦闘力で測ろうとするパテトに、シャルルが思わず苦笑いする。
「まあ、強いか弱いかで言うと、物凄く強いと思う。3千年以上生きている竜なら当然だけどね」
「話し掛けてみてはどうですか?」
「そうか、その手があるな」
イリアの提案に、シャルルはパテトからコピーした念話スキルのことを思い出した。精霊クラスでも会話が成り立つのであれば、知性が高い水竜なら言葉が通じる可能性が高い。現在、水竜は湖底の最深部にいるが、念話は相手さえ確認できれば距離など関係ない。シャルルは、水竜らしき存在に向けて呼び掛けた。
『水竜様ですか?少しお話しがしたいのですが』
水竜にどう言えば良いのか分からないが、当たり障りがないように話し掛ける。
しかし、いくら待っても返事はない。仕方なく、シャルルは再度念話により挨拶をした。
『すいません、水竜様。お話しを聞いて頂きたいんですけど』
やはり、いくら待っても返事がない。
その様子を見ていたパテトが、いきなり横から口を挟んできた。
「水竜って、湖底の大きい魔力の塊よね?」
「そうだけど・・・」
「そんな、まどろっこしいことしなくても、相手の脳に直接言葉を叩き込めば良いのよ!!」
とんでもなく無謀なことを口にする。遅々として進まない状況に、気が短いパテトは我慢できなくなっていたらいしい。
「私が代わってあげる!!」
シャルルが止める間も無く、パテトが水竜の脳に直接リンクする。その瞬間、パテトが頭を抱えて、その場に蹲った。その表情は苦痛に歪んでいる。
「パテト!!」
慌ててシャルルがパテトに駆け寄る。その様子を見たイリアは、即座に魔法を唱えた。
「―――即時沈静魔法」
即時沈静魔法は混乱した精神を鎮静化させ、安定させる回復魔法の1つである。
「ぷっはー。ヤバかったあ」
正気に戻ったパテトが、大きく息を吐き出して脱力する。
「何がヤバかったんだ?」
シャルルが問うと、イリアに渡された水筒を呷りながら答えた。
「直接、水竜の脳にアクセスしたんだけどさ、それがもうスゴくってさ。もうね、どんよりと暗くて、ドロドロのグチャグチャ」
シャルルが首を捻る。パテトの言っている意味が分からないのだ。それを、イリアがこめかみに人差し指を当てて、想像力を働かせて解釈する。
「えっと、つまり、水竜は混乱しているのではないでしょうか?もしかすると、恐慌状態に陥っているのかも知れません」
「なぜ?」
それに対するシャルルの問いには、当然答えることはできない。
「さあ、そこまでは・・・水竜の身に何かが起こり、それが原因で暴れている、ということは間違いないでしょう」
「そうなると、討ち取るという訳にはいかないな。その原因を突き止めて対処してから、どうするか決めないと。戦うだけの方が、何も考えなくて良いだけ楽なんだけど」
それを聞いたイリアが小さく溜め息を吐いた。十分に、シャルルも脳筋メンバーだ。
「ひとまず、これからすぐに移動しよう。この街を戦場にする訳にはいかないし、現実的に考えて湖底では戦えないから、どこかにおびき出すしかない」
シャルルの言葉を受け、イリアが湖の沖合いを指差した。
「あそこは、どうですか?」
その指が示す方向に、湖面に浮かぶ島が見えた。湖が巨大なだけに、単なる巨大な岩などではなく、小さな集落であれば丸ごと移動できるほどの大きさだ。
イリアの提案を受け、シャルル達は湖の岸辺に向かった。パテトが船を探そうとしたが、シャルルはあることを思い出した。
「あ・・・船、持ってたわ」
シャルルはアイテムボックスから、オスティの商会に馬鹿にされた時に貰ったボートを取り出した。意外と、どこかで役に立つものだ。苦笑いするシャルルはボートに乗り込むと、イリアに手を伸ばす。その間に、パテトはボートに飛び乗った。
漕ぐ代わりに風魔法を発動させ、島に向かって水上を移動する。目的地にしている島には、ほんの5分ほどで到着した。
「うん、十分に広さもあるし、どうにかなりそうだ」
「地面も硬いし、これなら思い切り暴れられそう」
内心、加減して欲しいと願いながら、シャルルは湖に視線を移す。後は、どうやって、ここにおびき出すか、だ。




