タンガニ湖の呪竜③
竜士族と余計な諍いを起こすことを望んではいないシャルルは、ここに来た経緯を話した。
「実は、知り合いのオーズという人から、この湖の水竜を鎮めるようにとの指示を受けまして。それで、この湖の様子を調べていたのです」
そして、すぐにリーベで王に会い、邪竜の居場所と討伐許可を貰わなければならない。一刻も早く、フィアレーヌの元に―――
「オーズ・・・とな」
そう呟いた後、白髭の老人は再びシャルル達を検分した。
「なるほど。そういうことであれば、我が街の現状を教えよう。私と一緒に、街まで来てもらうとしようか」
白髭の老人はそう告げると、シャルル達に背を向けて歩き始めた。シャルル達は互いに顔を合わせ頷き合うと、すぐにその背中に続いて歩き始めた。
街に近付くと、遠くから見るよりも被害が大きかった。修繕されているように見えた柵は応急処置だけで、防御機能は無いに等しかった。何より人の数が少なく、作業が全く捗っていない。しかし、その周辺は、まだ被害が小さかった。破壊された柵の奥は、悲惨な状況だった。
水竜のブレス攻撃を浴びたのか、水辺から街の中心部に向けて、300メートル以上に渡り建物が倒壊し、瓦礫の山と化していた。しかも、溶解している場所もあり、そこは全てが混ざり合い、激しい異臭を放っている。
「これは、酷いな・・・」
思わず漏らしたシャルルの言葉に、イリアが同意を示す。
「水竜のブレスでしょうか。水・・・いえ、アッシド・ブレス?」
シャルル達を先導していた白髭の老人が、街の中心に建つ建造物を背にして立ち止まった。
「ここが、この街、アナライの領主館だ」
そう言って、躊躇することなく敷地の中に入って行く。シャルル達も慌ててその後を追った。
建物は領主の住居を執務室を兼ねていることもあり、2階建ての豪邸だった。正面玄関から入ると執事らしき男性が、白髭の老人に頭を下げる。揃いのメイド服を着た給仕達も、左右に並び深々と頭を下げる。流石に、シャルル達も、白髭の老人が何者であるか気付いた。
応接室らしき部屋に通され、ソファに座るように促される。そして、正面に座った白髭の老人が、おもむろに口を開いた。
「私がこの街の領主、ゼノス・ランティアだ。これから、この街に起きていることを詳しく聞かせよう。そして、もし、君達に水竜を抑えることができるのであれば、この街の窮地を救ってもらいたい」
ランティアは、現在の水竜による被害について、説明を始めた。
「我々がこの地に街を作るよりずっと前から、水竜はこのタンガニ湖に棲んでいた。竜の寿命は数千年とも数万年とも言われている。あの巨体からして、恐らく3000年は生きているのではないかと思われる。長く生きている竜は知性があり、我々よりも余程理知敵な存在だ。だから、我々は水竜を敬い、良好な関係を築いてきた」
「それなら、なぜ、このような事態に陥っているんですか?」
シャルルの疑問は当然だった。しかし、ランティアは何も口にすることなく、首を左右に振った。
「分からないのだ」
ここアナライの街は、その規模からして千人以上の住民がいるものと思われる。しかし、街の惨状や復旧の状況を考えると、その半数も人が住んでいるようには見えない。
不条理とも思える水竜の襲撃。それが繰り返されるともなれば、一時避難する人、街自体を捨てる人もいるだろう。あのブレスの跡を見れば、生きた心地もしないに違いない。
「では、突然ということですか?」
イリアの問いに、ランティアは頷いた。
「そうだ。ある日突然、水竜はその目から知性の色を失い、狂ったように暴れ始めたのだ。そもそも、水竜は湖底深くに潜んでおり、その姿を目にすることすら稀だ。我々に怨みを買う理由は無いし、危害を与えるような戦闘力もない」
「理由も分からない、と?」
再び問うシャルルに、やはりランティアは頷く。
「全く分からない。だからこそ、どうすることもできないのだ。だが、あの暴走には必ず理由があるはずなのだ。そうでなければ、あれほどの竜が理性を失うなど考えられない。だが、私には、水竜に立ち向かう力は無い」
ランティアは正面に座るシャルル達を順番に見ると初対面の、しかも他人種に頭を下げた。
「どうか、この街を救ってもらえないだろうか?」
その姿を目にしたシャルルが、目を見開いた。誇り高い竜士族が、しかも地位の高い人物が、人間ごときに対し頭を下げるなど想像もしていなかったのだ。しかし、これでシャルルの方針は決まった。
「頭を上げて下さい。僕達は自分達の都合で、水竜を鎮めに来ただけです。ですが必ず、水竜を止めてみせます。任せて下さい」
ランティアは顔を上げると、シャルルの手を握った。
「よろしく頼む」
こうして、シャルル達はランティアからの依頼を受け、正式に水竜に挑むことができるようになった。




