それぞれの道⑨
イシリアの廃墟。その一室で、シャルルは本を読み続けていた。しかし、初見ではない。既に7回目だ。何度も読めば覚えるという訳でもないが、とりあえず、そういう方法しか思い付かなかったのだ。それでも竜語は理解できるようになったし、竜語魔法もほぼ全て頭の中には入った。
「しっかり覚えたか?」
4日目の朝、宣言通りオーズが現われた。前回同様、シャルルにもいつ訪れたのか、全く気配が感じられなかった。
その声に振り返るシャルルを目にしたオーズは、思わず仰け反る。シャルルの目の下が、真っ黒になっていたからだ。
「大丈夫DEATH。しっかり覚えま死た・・・」
「う、うむ。ところどころ言葉がおかしいが、それならば良かろう」
オーズは机の上に広げられていた本をアイテムボックスに収納すると、シャルルを伴って外に出た。やはりイシリアは完全に廃虚であり、住民の姿は見えない。自然に還る途中の瓦礫の山だ。
「さて、ここならば、多少魔法を使っても人的被害はないぞ」
「はあ・・・」
オーズの言葉に、覇気の無い返事をするシャルル。しかし、次の瞬間、目の下のクマが走って逃げ出すような光景が目の前に展開される。
「―――『神々の怒り』」
何の説明もなく、オーズがいきなり空に向かって竜語魔法を放った。
オーズの指先から放たれた光りの筋が、頭上の雲を突きぬけ一直線に宙へと向かう。暫くしてその閃光は見えなくなったが、視認さえもできない場所から轟音が鳴り響いた。その直後、昼間にも関わらず無数の流星が降り注いだ。流星は地表までに燃え尽きたが、その原因を想像したシャルルは唖然とした。
「よし、では始めるか」
「イヤイヤイヤイヤ、それが直撃したら流石に死ぬかも知れないし」
動揺して、首を左右に振り続けるシャルル。それを見たオーズが、可愛さの欠片も感じさせない仕草で小首を傾げた。
「最初に言っただろう。3日で覚え、後は実戦だと。ワシの魔法を、お前の魔法で打ち消すのだ。即座に何の魔法か判別できなければ・・・」
「できなければ?」
シャルルがゴクリと唾を飲み込む。
「即、死だ」
完全なる脳筋。もはや、覚悟を決めるしかない。
現在は瓦礫が散乱しているが、かつての中央通りでシャルルはオーズと向かい合う。彼我の距離は約30メートル。その距離が。生命の導火線である。
「いくぞ!!」
まさに、問答無用。
「―――『氷槍の雨』」
オーズが魔法を唱えると同時に、シャルルはその魔法が何であるかを考える。
「えっと、氷・・・氷の刃?いや槍・・・・うわああ!!」
即座に意訳することができず、氷の槍に襲われる。それを瞬動でどうにか躱し、オーズに向き直る。
「今のは、氷槍の雨だ。こんな簡単なものも分からないのか?」
確かに、短文であっただけに、分かっても不思議ではなかった。しかし、シャルルは本で読んで単語を覚えただけである。肝心の発音を知らなかったのだ。
「次いくぞ」
「いえ、発音が・・・文章なら分かりますが、声にされると何のことか分からないんですけど」
ここで、ようやくオーズもシャルルの訴えを理解する。確かに、単語を覚えても発音できなければ、魔法の行使はできない。
「うむ、確かにな・・・では、発音は身体で覚えろ―――『炎の刃』」
どこまでも脳筋。
果てしなく脳筋。
空はどこまでも青いのだ。
「うぎゃあああ!!」
「―――『砂塵の風』」
「切れる、切れるってえ!!」
実戦形式の指導が始まって24時間が経過した。その間、睡眠時間はおろか、休憩時間すら皆無だ。どこまでも強靭で鋼の精神力を持つオーズに、休息は必要ない。もちろん、シャルルには安息の時間が必要であるが、オーズの基準は己である。異常な自分自身が基準であり、他人を慮る心は持たない。いや、皆、自分と同じだと勘違いしている。
シャルルは朦朧とする意識の中で、石が積み上げられた河原に何度か足を踏み入れた。それでも、まだ立ち上がることができている。それは、地獄を見ながらも、言葉発音が分かり始めていたからだ。命がかかれば、当然、必死で覚える。
だからといって、オーズがその辺りを考慮して、攻撃を続けている訳ではない。偶然、シャルルがそこに辿りついただけだ。
「次―――『氷槍の雨』」
「『氷槍の雨』!!」
空中に発生した無数の氷の槍を、シャルルが氷の槍を創造して迎撃する。陽の光をキラキラと反射させながら、氷の粒が地面に落ちていく。
「ほう・・・・・・『落雷の嵐』」
「えっと・・・雷だから、『落雷の嵐』!!」
2人の頭上で、雷同士が激突し、火花を散らしながら小規模な爆発を起こした。
その光景を見詰めながら、オーズが何度も頷いた。
「うむ、うむ。なかなか良いではないか。次は、戦闘の中に魔法を混ぜていくぞ」
終わりの見えない激闘が続く。
実戦訓練が始まって4日目に突入したが、オーズはともかく、シャルルは1分たりとも眠っていなかった。オーズが寝ないため、仮眠することさえできないのだ。しかし、その甲斐もあってか、竜語魔法はほぼマスターし、格闘を交えた実戦形式の戦闘に関してもオーズを押し始めていた。
「ムッ・・・『突風の刃』」
小さな竜巻が発生し、その渦の中からカマイタチがシャルルを襲う。そのカマイタチをシャルルは魔法で相殺する言もせず、手にしている剣で弾き飛ばした。
「今更、その程度の魔法では、僕を後退させる言もできませんよ」
シャルルは自らの剣に竜語魔法を纏い、それを振ることによってオーズの魔法を無力化していたのだ。
カマイタチを弾いた勢いそのままに、オーズとの中間に発生していた竜巻を切り裂く。
「―――『砂上の楼閣』」
シャルルが魔法名を唱えると同時に、オーズの足元の地面が崩れ始める。
「な、何だ、こんな魔法知らぬぞ!!」
まるで地獄へと続くかのような巨大な穴が開き、オーズを飲み込もうとする。オーズはそれを間一髪で避けると、大きく跳び上がる。しかし、そこにはシャルルが待ち構えていた。
「少し痛いかも知れませんよ―――『万雷の尖刀』」
シャルルの剣に紫電が駆け抜け、同時に金色に輝き始めた。バチバチと激しい雷電を放つその剣が、跳び上がって来たオーズの頭上に振り下ろされた。全く予想していなかったオーズは身体を捩る時間さえ無く、その直撃を受ける。その瞬間、雷光が周囲に広がり、一拍置いてゴロゴロと雷鳴が轟いた。
稲光が終息し、辺り一面に舞い上がっていた砂埃が風に流されると、頭から地面に突き刺さった、黒焦げのオーズの姿があった。
「もしかして、やり過ぎた?」
冷や汗を流しながら焦るシャルルを余所に、真っ黒になったオーズが地面を爆散させて起き上がった。そして、豪快に笑った。
「ワッハッハッハ!!良いぞ、良いぞ。そうでなくてはな。お前とは、全力で戦ってみたいものだ。1ヶ月ほど」
その言葉を耳にしたシャルルが、あからさまにゲンナリとした表情になる。
「―――だが、それもなるまい。時間切れのようだ」
オーズがシャルルの方を向き、右手を差し出した。
「ともかく、合格だ」
その言葉に、シャルルは安堵の笑みを浮かべた。
「ありがとうございました!!」
やっと寝られる。




