それぞれの道⑦
湖から飛び出したパテトは、宙を舞っている巨大魚を岸辺に蹴り飛ばす。そして自分自身も、陸地に向かって宙返りした。
「―――信じられない」
「同意。魔法で魚を焼かされるなんて・・・意気消沈です」
「そこじゃないだろ!!」
的外れなコメントに、エリウがイアに突っ込みを入れる。そんな2人の眼前では、パテトが巨大魚の頭に齧り付いていた。
見られていることに気付いたパテトが、エリウに対し舌を出す。
「自分の食い扶持は、自分で獲ってくれば?」
「いらんわ!!」
パテトも全く関係ないことを口走り、エリウが地面を踏み付けた。
エリウが「信じられない」と評したのは、魔法の首輪をした状態で獣化したことに対してである。確かに、気のコントロールをさせるために竜気を込めた首輪を取り付けた。しかし、こんな短期間で、あの状態のまま獣化できるようになるとは、想像の埒外だったのだ。
エリウの予定では、前半の3日で気の存在を認識し、少しでもコントロールできるようになる。その程度で、十分に合格のつもりだった。獣化をスムーズに実行することにより、神獣化への負担を減少させる。そして、後半の3日で、イアにより武術指導をする。そういう予定を組んでいたのである。たった1日で気をコントロールし、しかも、首輪を装着した状態で獣化するなど、全く想定すらしていなかった。
もう、エリウは認めざるを得なかった。
―――パテトは天才である、と。
「ああ、食べた、食べたあ!!」
巨大魚を骨だけ残して食べ尽くし、地面に寝転んだ状態で飛び出したお腹を撫でるパテト。その姿を目にしたエリウは、思い直して呟いた。
「いや、天才などでは、断じてない」
首を左右に振りながら否定するエリウの横を、姿勢を正したイアが通り過ぎて行く。向かう場所は、パテトの所である。予定よりも早いが、ここで指導係りが交代するらしい。
満腹になり寝そべるパテト。その気の抜けた顔を、無表情のイアが見下ろした。表情が微塵も変わらないため、パテトにはイアの考えが全く分からない。しかし、その身体から発せられる殺気を感じ、パテトは慌てて横に回転した。
その刹那、パテトが寝転んでいた場所に、ナイフが根元まで地面に突き刺さった。イアは地面に突き刺した2本のナイフから手を放し、パテトに告げる。
「では、今から武術訓練を始めます。武術の担当は私、イアです。攻撃力強化及び、生存率向上のために、ナイフを使用することを推奨します」
イアは自ら突き立てたナイフを指差し、そうパテトに告げた。パテトはナイフを見下ろし、不満そうに口を尖らせる。得意としてきた無手の格闘を、真っ向から否定された気がしたのだろう。その態度を予測していたかのように、イアが続けて口を開いた。
「貴女の戦闘は近接スタイル。拳や蹴りによる攻撃が主体。しかし、それでは対戦相手に制限がある。現状では、戦力外になる戦闘が数多に存在」
「あ・・・うん。そうかも」
パテトはイアの言葉に、素直に同意する。
シャルルや仲間達が戦っているにも関わらず、援護どころか戦闘に参加すらできないことがあった。その時の阻害感や無力さを思えば、自分のちっぽけなプライドなど些細なことに感じられたのだ。
封魔の爪も貰いはしたが、耐久力に問題がある。当初は良かったが、今のパテトが全力を出すと、かなりの確率で折れてしまうだろう。それに、やはり引っ掻くという動作では力の伝達効率が悪いのだ。
「ナイフを逆手で持ち攻撃する。斬る、殴る、刺す、慣れれば何でも可能。更に蹴り。現状、蹴りに威力皆無。猿も殺傷不可。ナイフの修得及び、蹴りの威力向上すべきと判断します」
「うん、分かった」
再び、素直に頷くパテト。その瞬間、今度は両足に何かが取り付けられた。
「え?」
パテトが自分の足首を確認すると、そこには、素材が不明の青い輪が取り付けられていた。その輪を目にしたパテトは、今回は流石に気付いた。これは、イアが造った特殊な魔法器具だろう、と。その予想は、当然のように的中する。
「では開始するので、そのナイフを手にして下さい」
イアの攻撃を避けたため、少し離れた位置に突き刺さっているナイフに手を伸ばす。そして、何気なく足を一歩前に踏み出した。
次の瞬間、パテトは前のめりに倒れ、顔面を地面にしたたか打ち付けた。前に出したはずの足が、微動だにしていなかった。そのためバランスを崩し、見事に顔面を強打したのだ。
口に入った土をペッペッと吐き出しながら、パテト自分の足に付いている青い輪を見詰める。今度は、意識的に力を込め、全力で足を動かす。
―――動かない。
「おりゃあ!!」
少し動いた。
「どりゃああああああ!!」
足が持ち上がり、下ろした瞬間地響きと共に地面が揺れた。
「片足50キロです」




