それぞれの道④
一方、パテトは巨大な湖の傍で、2人の女性から指導を受けていた。
「貴様は神獣化ができると聞いたが、本当か?」
ぶっきらぼうに、赤い服の女性エリウがパテトに訊ねる。普通であれば、他人の能力を又聞きし、尚且つ本人に確認するなどマナー違反である。しかし、エリウに悪びれる素振りはない。そもそも、パテトにも隠す意思がない。
「確かに、できることはできるけど・・・」
「じゃあ、やって見せろ」
「は?」
初対面にも関わらず命令口調で言われ、流石にパテトも不機嫌になる。しかし、そこに間髪入れず、イアのフォローが挟まれた。
「そんな言い方は適切ではない。謝罪の必要性を感じます」
「え・・・ああ、言い方が悪かったな」
イアの突っ込みに、頭を掻きながらエリウが言い換える。
「竜に攻撃が通るとすれば、上位の獣化か神獣化した攻撃だけだ。神獣化がどれほどの強度で、どれだけの時間使えるのかを知っておきたい」
「70点」
「うるさいな」
エリウとイアのやり取りを聞きながら、パテトは服のポケットから魔石を取り出した。どうやら、今の説明で納得したらしい。魔石を齧るパテトを目にした2人は、その光景を呆然と眺める。魔石は基本的に石である。本来、食べる物ではない。
魔石の魔力を取り込んだパテトは、神獣化に必要な魔力を得る。全身に魔力を充填させ、獣化を飛び越え、一気に神獣化する。
「―――神獣化!!」
そうパテトが口にした瞬間、全身から濃い紫色の闘気が噴き出し神獣フェンリルへと変身する。パテトの足元がヒビ割れ、周囲の空間がピシピシと反発して音を立てる。パテトが纏うオーラが膨張し、傍らの湖の水面さえも波立たせた。
その様子を確認したエリウが、大きく溜め息を吐いた。
「分かった。全然ダメだな」
その隣で、イアまでもが無言で頷いている。
その反応に、パテトが苛立ちを隠さず反発した。
「何よ!!見せろって言ったから、わざわざ美味しくもない魔石まで食べて変身してあげたのに!!何だって言うのよ!!」
パテトが纏う紫色の闘気が、周囲に撒き散らされた。
並みの武闘家であれば、闘気に当てられて気を失っていただろう。例え上級者であっても、戦意を喪失させるには十分だ。しかし、エリウとイアは、全く意に介さず平然と立っている。おまけに、その行為に対し、苦言さえ呈した。
「まるで、話にならない。鍛え直しだ」
「な、何で・・・!?え?これ何よ!!」
激昂するパテトの首に、エリウが問答無用で何かを取り付けた。それは、深紅の首輪だった。一体何でできているのか、素材が全く分からない。しかし、パテトが力任せに外そうとしても、全く取り外せそうにない。小柄ではあるが、パテトの力は成人男性の10倍は超えている。それでも外すことができないとなれば、特殊な魔法器具としか思えない。
焦るパテトを眺め、ニヤニヤと笑うエリウ。それを見咎めたイアが、エリウに注意する。
「その態度は不適当であると認識します。35点です」
それでもニヤけた表情を変えず、エリウはパテトに告げた。
「それはなあ、ワタシの魔力が込められたマジックアイテムだ。貴様にワタシ以上の力があるなら外れるかも知れないが、今の貴様には無理だな」
それを聞いたパテトが、顔を真っ赤にして叫んだ。
「ふざけるな!!こんな物、簡単に外してやる!!獣化!!」
パテトの気が一気に高まり―――霧散した。
「は?・・・獣化!!」
同じことが繰り返される。
「獣化!!獣化!!・・・・・・・獣化っ!!な、何で?」
何度も獣化することによって体力が削られたパテトが、全身に汗を噴き出しながら首輪に手を掛ける。
「まさか、これが・・・」
「そうだ」
その様子を眺めていたエリウが、パテトに歩み寄って来た。
背が低いパテトが、長身のエリウを見上げる格好になる。それでも、牙を隠そうとしないパテトは、斜め上に向かって吼える。
「何をした!?一体何を!!」
「うるさい奴だなあ」
エリウは耳を押さえる仕草をしながら、ようやく説明を始めた。いや、ようやく、パテトが話を聞く状態になったと言うべきかも知れない。
「それはなあ、気を発散させる道具だ。気が高まり、身体から溢れると、その道具が反応して溢れた気を霧散させる」
その説明を聞き、パテトの表情が一変する。
「それじゃあ、獣化できないじゃない。それに、神獣化だって・・・」
「そうだな。しかし、今の状態では、どちらにしても貴様は役立たずだ」
パテトの目が細くなり、エリウを睨み付ける。しかし、その威圧を受けたエリウは緩い笑みを浮かべた。
「アホか。今の状態で、貴様がワタシに勝てるはずがないだろ。まあ、万全でも万に一つも勝てないがなあ」
パテト睨み付けたまま、拳をワナワナと振るわせる。それは、きっと正しい。




