表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

210/231

それぞれの道②

 餓鬼王の身体能力は、イリアには及ばないまでも相当に高い。しかも、相手は餓鬼王だけではなく、通常の餓鬼も無数にいる。更に、足場は非常に悪い。この状況で逃げ続けることは、まず不可能だ。つまり、この場を切り抜けるためには、戦って倒すしかない。


 そこまで考えが至ったところで、イリアは頭の中にある、自分が知らないはずの知識に気が付いた。それは、奇妙な感覚だった。自分が本などを読んで習得した訳でもなく、他人から見聞きしたものではない知識が、いつの間にか自分の中にあったのだ。

 これが、イルミンの言った「頭の中に直接送る」という手法なのだろう。イリアは、そう結論付けた。退魔と、完全回復の魔法。それが、イルミンがイリアに授けた神代の魔法であった。


 現在、人類種が行使する魔法は、4大元素を基本としたものである。それに加え、神官系職種の者が行使する聖(光)属性の魔法のみである。更に、シャルルや魔王が行使している、古代魔法が存在する。古代魔法は人類種では失われ、忘れられた魔法と呼ばれている。

 しかし、現存する魔法はこれだけではない。聖女のみが習得を許された女神魔法。そして、上位の竜士族が唱える竜語魔法。最後に、ハイエルフのみが行使できる神代魔法。


 神代魔法は、神の言葉を具現化することを目的とした魔法であり、膨大な魔力と知識を有するハイエルフ専用といえる。その魔法は魔を退け、全ての穢れを浄化し正常に戻すとされている。人類の歴史において、この魔法を習得した者はいない。


「神様の言葉・・・奇跡の発動・・・」

 自分の中に存在する魔法の論理を解読し、その真髄に迫らなければならない。普通であれば、只人に神の言葉や思考が理解できるはずがない。しかし不思議なことに、イリアには難しいこととは思えなかった。溢れんばかりの情報と知識が、大河の流れのように脳内に浸透していく。


 至高の聖女。後にも先にも、イリア以上の人間が出現することはないだろう―――イルミンはアカシックレコードにアクセスし、そう結論を出していた。

 そして、イリアがそうであるように、シャルルもまた、至高の勇者である。その2人が同時に存在するということは、世界の因縁が断たれる可能性がある、ということを意味している。


 原則として、ハイエルフは世界に干渉しない。

 しかし、歴史的な転換期は別である。イルミンはシャルルに協力することを決めている。


「ギイイイイ!!」

 1匹の餓鬼がイリアを見付け、叫び声を上げた。我に返ったイリアが、後方に飛んで距離を取る。しかし、そこにも餓鬼の姿があった。細い手が、飢餓感に支配された口が、イリアに襲い掛かる。その腕を叩き落とし、杓杖で突く。その僅かな時間に、もう1匹が背後から飛び付いて来る。イリアはその餓鬼も横殴りにし、周囲を見渡した。


 細い身体に飛び出した腹部。浅黒い肌には艶は無く、正気を失った目には食欲だけが浮かんでいる。耳まで裂けた口には波状の歯が並び、大量の涎が顎から滴り落ちている。餓鬼の目に写るイリアは、ただの食料である。そして、それは、空腹を満たす最上の獲物だ。

 時間の経過と共に数を増す餓鬼。一体なぜ餓鬼がこんな所で繁殖しているのか、なぜ放置されているのか。だが、今はそんなことを考える余裕はない。


「ウマソウダ」

 声、が聞こえた。そちらを見ると、餓鬼王がイリアを見詰めて笑っていた。

 餓鬼王。餓鬼の上位種たる、知恵を持つ下級悪魔。魔力は無いが、執拗な性質と耐久力は厄介である。


 ジリジリと距離を詰めてくる餓鬼王共に対峙するイリアは、意を決する。直接戦闘に関する能力はやはり低い。パテトであれば、この程度の相手では問題にならないだろう。しかし、イリアにはそんな武力はない。であるならば、神代魔法を試すしか道は残されていない。


 杓杖を天に掲げ、イリアは意識を集中する。その隙に、餓鬼王が一気に距離を詰めて来る。餓鬼とは比較にならない巨大な手が、眼前に迫る。


「―――――!!」


 イリアの口から、魔法名が発せられることはなかった。

 呆然とするイリア。呪文が存在しない神代魔法は、その魔法名が発動のキーである。しかし、その魔法名が言葉にならなければ、何も起こらない。


 イリアの顔を覆い尽くすほどの手が、獲物を捕らえんと伸びてくる。この手に掴まったが最後、イリアはそのまま食べられてしまうだろう。咄嗟に杓杖を前に出し、その手を受け止める。しかし、その勢いを殺すことができず、イリアは後方に弾き飛ばされた。

 足場は樹皮の窪みだけである。イリアはバランスを崩し、そのまま地面に向かって落下した。まだほとんど下りていない状況を考えると、地面までは3千メートル近い。


 世界樹の樹皮にどうにか縋り付こうとし、イリアはその腕を伸ばす。細い指を、爪を懸命に厚い樹皮に突き立てた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ