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それぞれの道①

 転移魔法により、イルミンは完全に姿を消した。

 世界樹の天辺にいるのは、間違いなくイリア1人きりだ。こうなれば、言われた通り、独力で世界樹を下りて行くしかない。世界樹は古代樹の巨木であり、その樹皮の表面には凹凸がある。そこを足場にすれば、どうにか下りて行けるだろう。


 イリアが下方を覗き込んで様子を窺っていると、何の前触れも無く突風が吹き抜けた。その瞬間、イリアの身体がフワリと宙に浮かんだ。一瞬であったため問題はなかったが、その状況にイリアの顔から血の気が引いていった。早くこの場を離れなければ、いつ強風に吹き飛ばされても不思議ではない。


 杓杖を握り締め、イリアは天辺から離れるために再び下方を確認する。足場を決め、そこまで飛び降りるつもりでいたのだ。

 しかし、そこでイリアが見た物は樹皮の凹凸ではなく、骨と皮だけの痩せこけた色の黒い子供だった。それは複数いて、イリアを見つけた瞬間、歪な笑みを浮かべて駆け上がり始めた。その黒い子供をイリアは知っていた。遭遇したことがある訳ではない。教会の本に掲載されていたのだ。それは、間違いなく餓鬼だった。


 餓鬼―――地獄に棲むことを許された、最下級の悪魔である。力は人間よりも弱く、魔力は皆無だ。餓鬼にあるものは食欲のみ。決して満たされることがない飢餓感により、目の前にある物をひたすらに食べる。食べて、食べて、食べまくる。食べる物が無ければ、同じ餓鬼同士で共食いさえも平気で行う。背が低く、痩せぎすの身体からは想像ができないが、間違いなく悪魔の一角である。


 その餓鬼が、なぜここにいるのかは分からない。しかし、イリアを食料として認識し、襲い掛かろうとしていることだけは確かだ。


 1匹目が天辺に上り、薄汚れた歯を剥き出しにしてイリアに向かって走って来る。イリアはその餓鬼の側頭部を、手にしている杓杖で思い切り殴り付けた。餓鬼抵抗らしい抵抗も見せず、そのまま天辺から姿を消す。3千メートルの高さから、真っ逆さまに落下していったのである。


 イルミンが言っていた「虫」とは、餓鬼のことで間違いない。

 それにしても、どうして魔物ではなく悪魔が世界樹にいるのだろうか?

 しかし、ゆっくりと考えている時間は、今のイリアには皆無であった。1匹、また1匹と、次々に餓鬼が天辺に集結してきたのだ。


 それを目にしたイリアが、杓杖を天に翳した。


「―――聖なる光りの矢(ホーリーレイ)!!」

 杓杖の先端が聖なる光によって輝き、それが一筋の光線となって餓鬼を貫く。不浄な存在を消滅させる、聖属性の上級魔法。この魔法によって滅することができない邪は存在しない。


「ギイイイイ!!」

 しかし、餓鬼は全くダメージ受けている様子もなく、イリアに迫って来た。


「どうして!?」

 飛び掛って来た餓鬼を杓杖で叩き伏せ、聖女にあるまじき蹴り飛ばすという行為で、世界樹から退場させる。しかし、餓鬼はそれ1匹ではなく、次々とイリアに群がって来る。イリアは堪らず、天辺から足場となる窪みに飛び降りた。


 餓鬼達が散るまで、イリアは窪みに身を潜めて待つ。その時になって、自分の魔法が餓鬼に対し効果が無かった理由に気付いた。

「ああ、そうか・・・」

 餓鬼はその容貌や行動から邪な存在だと思っていたが、餓鬼は本来この世界に存在しない悪魔である。聖なる魔法では、ダメージを与えることはできない。四元素を操る強力な魔法であれば、当然、打ち倒すことができる。若しくは、パテトのように強力な打撃を放つことができれば、餓鬼の頭蓋に穴を開けることも可能だろう。


 しかし、イリアは聖女である。基本的には神官であり、回復師だ。強力な攻撃魔法を習得しているはずもなく、武術が使えるということもない。イリアが使用できる魔法は、補助、回復系が主体であり、攻撃魔法と呼べるものは聖属性のみである。それでは、餓鬼を駆逐することはできない。


「ギイイイイ」

 すぐ近くで餓鬼の泣き声が響く。いつまでも同じ場所に留まっていては、取り囲まれてしまう。

 イリアは声とは反対側に移動し、下へ下へと移動を開始した。しかし、餓鬼はイリアの気配を察知し、その後を追って来る。一度食料だと認識したものに対する執着は、口にするまで決して途絶えることはない。


 背後を気にしながら、イリアは幹の影に隠れて休息を取った。

 餓鬼の数は10体余り。杓杖で倒せない数ではないが、これで全てだとも思えない。できる限り戦闘を避け、目立たないようにして下りたほうが無難である。餓鬼は機動力が低く、イリアでも十分に回避することが可能だからだ。


 そんなイリアの作戦は、直下に出現した固体の存在により崩れ去る。

 そこに姿を現したもの。それは餓鬼の集合体、餓鬼王であった。餓鬼王とは餓鬼が長い年月をかけ進化した個体であり、体格、能力共に飛躍的に向上している。


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