完全なる竜⑥
イルミンは話し終えると、有無を言わさずパテトとイリアを連れて消えた。恐らく転移魔法を使用したのであろう。人間にとっては失われた古代魔法であっても、イルミンにとってはごく当たり前の移動手段なのだ。
クレーターの真ん中に、独りで取り残されたシャルル。未だ意識は朦朧とし、思考はまとまらない。それでも、白竜の姿だけは鮮明に脳裏に浮かんでいた。初めて経験した完全な敗北だった。
シャルルは震える足に気合を入れ、西に向かって歩き始めた。
フィアレーヌを助けなければならない。
それには、イシリアに行き、イルミンが紹介してくれるという人物に師事するしかない。
解読のスキルをもってしても判別できなかった言語を、たった1週間でマスターできるのだろうか・・・いや、やるしかない。挑戦する前から、言い訳を用意するような真似は止めよう。
時間の経過と共に、徐々に回復する体力。2時間もすると、シャルルは完全に復調していた。それは、イルミンが無造作に振り掛けた万能薬のお陰だろう。後で金貨2万枚を請求されても、シャルルに払う術がない。
視認できないが、遠くに竜の波動を感じる。邪竜が活動しているのかも知れない。
全快したことを確認し、シャルルは走って移動を始めた。ランズフロントからイシリアまでは竜士族の徒歩で2日。シャルルのペースでいけば、昼過ぎにはイシリアに到着するはずだ。
イルミンの知人というのは、イシリア在住なのだろうか。そうでなければ、余り早く到着すると、かなり待つことになるかも知れない。
しかし、そんなシャルルの心配は杞憂であった。
イシリアの街を目にした瞬間、シャルルはその場で立ち止まった。
「ま、街が・・・ない」
そう、そこには何も無かった。防壁が半壊し、建物の半数以上が崩壊し、黒く焼け焦げた瓦礫が散乱しているだけだったのだ。
ゆっくりと歩いて近付き、壊れた防壁から街の中に入る。
誰もいなかった。動いている物は、何も無かった。全てが、砂や埃に埋もれていた。イシリアは放棄された街だったのだ。
「これではまるで、竜に襲われたみたいだ・・・」
「その通りだ」
何気なく漏らした言葉に返事をされ、シャルルが慌てて振り返る。全く気配を感じなかったにも関わらず、そこには白髪の男性が立っていた。
反射的に身構えるシャルル。剣の柄を握り、いつでも抜刀できる状態で身構えた。
「お前が、シャルルとやらか?」
シャルルが臨戦態勢に入っているにも関わらず、全く意に介することなく竜士族の男性は近付いて来る。一見無防備でありながら、全く隙が無い。その所作からも、その男性が只者ではないことが分かる。先程の白竜との対戦を思い出し、嫌な汗がシャルルの頬を伝う。
しかし、そこで、ふとシャルルは我に返った。たった今、男性は名乗る前から、シャルルの名を口にしたのだ。
「貴方が、イルミンの知人・・・もしかして、竜語を教えて下さるという方ですか?」
「いかにも。ワシが、無理矢理・・・いや、強引に・・・と言うか、昔の借りを返せと脅さ・・・ワシが、お前に竜語を教えるように頼まれた者だ」
それを耳にたシャルルは即座に剣を納め、姿勢を正して頭を下げた。
「お願いします。どうしても、竜語を覚えなければならないんです」
「うむ」
男性は鷹揚に頷くと、街中に向かって歩き始める。そして、原形を留めている建物に入ると振り向いた。
「よし、この家を仮の住まいとしよう。夜露を凌げる場所がなければ、何かと不便だからな。
ワシの名はオーズだ。とりあえずは、座学で竜語の基礎を叩き込む。そして、その後で実践練習としよう。それで上手くいくようであれば、白竜などはどうにでもできよう」
「白竜など・・・ですか」
オーズは虚空から分厚い本を取り出すと、それを机の上に次々と並べていく。の様子を眺めていたシャルルが、唐突に口を開いた。
「このイシリアは、どう見ても廃墟にしか思えません。もしかして、邪竜派の人達に襲撃されたんですか?」
「邪竜派、か。まあ、ワシも、奴等がそう呼ばれているのは知っている。本当は、邪竜には程遠い存在ないのだがな・・・まあ、良い」
頭上に疑問符の花を咲かせるシャルルを、オーズは苦笑いしながら眺める。
「確かに、この街は邪竜派に蹂躙されて滅んだ。しかし、事実は予想とは少し異なっている。邪竜派に破壊されたのではない。たった1人、邪竜によって破壊されて滅んだのだ。しかも、たった一晩で。夜が明けた時には、全てが破壊され、燃え尽きていたのだよ」
俄かには信じられない内容だった。イシリアは、ランズフロントと大差ない規模の街だ。いくら竜士族が強いといっても、一夜にして、都市を丸ごと1つ破壊し尽くすなどということが可能なのだろうか。
いや・・・白竜以上であるなら可能かも知れない。




