完全なる竜⑤
「何のために小娘が連れ去られたのかは分からぬが、竜士族故に、生命を奪われることはあるまい。ヤツラは、同胞を大切にする種族じゃからな。その辺りは安心するが良い」
イルミンの言葉に、シャルルを始め、パテトもイリアも安堵する。
「じゃが、あの小娘が大切ならば、取り返しに行かねばならぬ。じゃが・・・」
「今のままでは、勝てない」
「そうじゃな」
イルミンがシャルルに同意する。
「ヤツは白竜じゃ。その他に、黒竜も魔王の配下になっておるのであろう。そして、何よりも魔王と呼ばれている神竜級の邪竜じゃ。当然、白竜などよりも強い」
魔王は、白竜よりも強い―――
当然のことではあるが、四竜の一角である白竜を目の当たりにした直後であるため、シャルルは黙り込んでしまう。そんな中、パテトが軽い調子で口を挟んだ。
「でもさ、400年前の時には、当時の勇者が封印したんでしょ。だったら、どうにかなるんじゃないの?というかさ、イルミンは何をどうしたのか知ってるんじゃない?」
3人の視線がイルミンに集中する。当然、イルミンは当時も生きていた。そして、アカシックレコードにアクセスできるイルミンが、それを知らないはずがない。
イルミンが呆れたような表情で、大きく溜め息を吐いた。
「以前も言ったが、ワシは世界を眺めているに過ぎぬ。何でも知っている訳ではないし、知っていることを口にはせぬ。が、まあ、オマエ達の間違いを正しておこう」
そう前置きをして、3人を順番に見た。
「魔王ガリトラ・ギガンデを倒した者は存在せぬ。
魔王ガリトラ・ギガンデを封印した者もおらぬ。
ヤツは街を焼き、人間を蹂躙し、勇者のパーティと激しい戦闘を繰り返した後、自ら眠りに就いたのじゃ。誰にも封印などされておらん。ヤツは400年毎に目覚めては、死を撒き散らし、それに飽きては活動を停止しているだけじゃ。
それでも。前回までは四竜が勇者の味方をしたため、倒せないまでも抑えるこはできた。じゃが、四竜の半分が魔王に付いたとなれば・・・のう」
それを聞いたシャルルは絶句した。
今まで、誰も勝ったことがない魔王。シャルルにも、どうにかできるとは、微塵も思えなかった。しかし、シャルルは勇者である。それに、シャルルには大切な人達がいる。護らなければならない人達がいる。負けると分かっていても、前に進まなければならない。
「今のままでは、邪竜はもちろん、ノーライフキングの足元にも及ばぬ。ワシは本来、中立の立場であるべき存在じゃ。じゃが、今回だけは勇者の・・・いや、シャルルの味方をしよう。特別じゃぞ。仕方なくじゃからな?」
呆然としていたシャルルに、イルミンが視線を泳がせながら告げた。
「まあ、とにかく、今のオマエ達には修行が必要じゃ。シャルルは竜語魔法の習得じゃ。竜語魔法さえマスターしていまえば、相手の魔法も防ぐことができる。それに関しては、ワシの知り合いを紹介しよう。イシリアで会える様に連絡をしておく」
一瞬、シャルルは何を言われたのか理解できなかったが、その内容が徐々に頭に入ってくる。そして、その意味が分かると、シャルルは力強く頷いた。
「次に、パテトじゃ」
「え、アタシも?」
突然名前を呼ばれ、パテトが驚いて頭を跳ね上げる。
「当然じゃ。正直なところ、現状では足手まといでしかない。それに、そんなことでは今のガザドラン・ザガールには全く歯が立つまいよ」
「ガザドラン!!」
パテトの表情が、一国の王女然と凛々しく引き締まる。シャルルと共に旅をしてはいるが、パテトの最終的な目的は、ガザドランを倒し、アニノートを再興することである。
「確かに、神獣化は超絶的なスキルじゃ。しかし、まだまだ、その力を十分に引き出せてはおらぬ。本来、フェンリルは神々をも食らう獣・・・今のオマエでは、竜の鱗ですら打ち砕けはせぬ」
「うん、分かった」
イルミンが、パテトを修行の場に連れて行くことに決まった。神獣化を安定させることが、パテトの目標になる。
「最後に、イリア」
「はい」
「オマエはワシと一緒に来るのじゃ。オマエには才能がある。ワシが直接魔法を教える故、連れて帰るぞ」
イリアは一言も反論することなく、イルミンに頭を下げた。
ハイエルフが人間に魔法を教えるなど、恐らく歴史上初めてのことだろう。それよりも、先程の戦いにおいて、自分がシャルルを救えなかったことがショックだったのだ。戦えない、救えないでは、一緒に行動する意味が全くないのだ。
それぞれ順番に話しをしたイルミンが、3人に向かって話し掛ける。
「それほど時間は残されておらぬ」
そこで話しを切り、3人を見渡して再び口を開いた。
「一週間じゃ。一週間後にイシリアに集合じゃ。それまでに、どうにかしろ。できなければ、そこで終わりじゃ」




