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完全なる竜④

「とりあえず、シャルルじゃな」

 そう言うと、イルミンは虚空から小瓶を取り出した。そして、封を解くと中身の液体をシャルルに振りかける。更にもう1瓶手に取り、今度はそれをシャルルの口に流し込んだ。


 その様子を見ていたイリアが、イルミンに訊ねる。

「そ、それは、まさか・・・」

 振り返ったイルミンが、不敵な笑みを浮かべた。

「世界樹の樹液から精製した万能薬じゃ。人間の世界では、エリクサーとも呼ばれているのう」


 イリアが驚きの余り言葉を失う。エリス教会の聖女であるからこそ、その名前に衝撃を受けたのだ。

 エリクサーは、稀にしか出回ることがない稀少薬である。しかも、本当に極少量、1滴、2滴程度しか目にすることはない。しかし、その僅かな量であっても、あらゆる傷病が快癒するのだ。


「魔法では治癒できなくても、万能薬は別じゃ。あくまでも、何にでも良く効く薬―――じゃからな。万能薬はワシが作っておるのじゃ。10年で小瓶1本分。まあ、ワシらエルフは基本的に長命で病気等とは無縁じゃ。それ故に、ストックはいくらでもあるんじゃがな」


「それ、1瓶でいくらくらいするの?」

 事の重大性を理解していないパテトが、いつもの軽い調子で訊ねる。イルミンが余裕の表情を浮かべているため、シャルルが助かることを微塵も疑っていないようだ。


 パテトの問いに、イルミンが少し考える素振りを見せた。

「そうよなあ・・・この小瓶1本が、金貨1万枚といったところかの。何せ、どんな病気も怪我も、ほんの1滴で治癒するんじゃからな」

「え・・・じゃあ、今ので金貨2万枚分?」

 余りの金額に、流石にパテトも言葉に詰まる。それを見たイルミンは、大声で笑った。


「う・・・・・・」

 その時、先程まで拍動が弱くなっていたシャルルが目を覚ました。震える身体に力を込め、上体を起こす。

「うむ。もう、大丈夫じゃな」

 シャルルの様子を確認したイルミンが、満足したように1度大きく頷いた。


 シャルルは、意識が鮮明になってくると同時に、白竜に手も足も出なかったことを思い出す。それと同時に、フィアレーヌの姿も。慌てて周囲を見渡し、その姿を探した。しかし、当然、そこにフィアレーヌの姿はない。


 シャルルは傷は癒えたものの、未だに力が入らない身体で無理矢理立ち上がった。

「い、行かないと・・・」

 次の瞬間、パテトの拳が腹部に突き刺さった。


 パテトの軽いパンチで、身体をくの字に折るシャルル。蹲るシャルルにイルミンが歩み寄る。

「シャルルよ。オマエは、ちと、自惚れが過ぎるんじゃないのか?」

 光を失った目で見上げるシャルルに、イルミンは冷淡に言い放つ。

「確かに、オマエは強い。恐らく、単純なレベルでいえば200に近いだろう。じゃが、レベルなど、所詮はただの数字に過ぎん。一定のレベルを超えてしまえば、単なる飾りじゃ」


 イルミンの言葉に、勇者であったジークの教えを思い出す。


「確かに、自然発生する魔物程度では相手にもなるまい。海で数千年生きていようが、クラーケンなど所詮は低脳のイカに過ぎん。そのような存在を強者とは言わぬ。その程度であれば、狩ることができる者は、探せばいくらでもいるのじゃ。

 シャルルよ。いや、当代の勇者よ。今のオマエは、その辺りにいる有象無象と同じじゃ。世襲で手に入れただけの地位を振り翳す、そんな貴族達と何ら変わりはせぬ。狭い井戸の中で威張り散らす、ちっぽけな蛙と同じじゃ」


 シャルルはイルミンの話を聞きいているうちに、自然と頭が下がった。

 確かに、そうかも知れない―――と。


 白竜と対峙した時、ただ軽く腕を振っただけで発生した衝撃波。竜語を介する特殊な魔法。竜化による完全なる竜への変身。どれ1つ取っても、シャルルが勝てる要素は皆無であった。それでも、あの時のシャルルは、最終的に勝つのは自分だと信じて疑わなかった。自分の力不足を、分かろうともせず。

 誰よりも高いレベルであることを過信し、自惚れ、自分の技を習熟させる努力をしてこなかった。ジークに全く歯が立たず、レベルではなく、スキルの熟練度と応用が勝負の分かれ目だと、そう教えられたにも関わらず。


 シャルルは泣きたくなった。

 自分自身が許せなくて拳を握り締めた。

 「知っている」ということは、まだ何もしていないということだ。行動に移さなければ、「知らない」という事と何も変わらない。

 置き去りにされたダンジョンで、生き抜くうちにレベルが上がり、偶然手に入れた魔道書で魔法を覚えた。出会いに恵まれ、良い仲間にも巡り合った。しかし、それは単に運が良かっただけだ。

 甘い自己評価。

 過信、慢心、怠惰、惰性。

 自分が情けない。

 泣きたいほど自分が嫌になる。


「まだ、間に合うかな?」

 シャルルの問いに、イルミンが笑顔で頷いた。


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