完全なる竜①
「じゃあな、気を付けて行けよ」
「色々と、ありがとうございました」
ザックに挨拶を済ませると、シャルル達はランズフロントの強大な門を通り抜けた。ここを通過する他種族は、実に300年振りのことらしい。前回、ここを通過したのもやはり当時の勇者パーティだ。
シャルル達が通り抜けると、すぐに門は閉じられた。邪竜派の者達が、いつ、どこから襲撃してくるのか分からないからだ。しかし、シャルルは未だに理解できていなかった。なぜ、邪竜派は同族を襲撃しなければならないのか。力が全て―――これだけの理由では、納得できるはずがない。
「とりあえず、この道を進んで行けば良いの?」
頭の後ろで手を組んだパテトが、シャルルに訊ねる。すると、シャルルが答えるよりも早く、フィアレーヌが口を開いた。
「聞いてなかったのか?この道を2日ほど進んだ場所に、イシリアという街がある。まず、そこに行くと決めたではないか」
相変わらずフィアレーヌの口調は厳しいが、既にパテトは慣れてたように見える。悪びれる様子もなく、そっぽを向いている。
「えー、寝てたしい」
「はあ!?」
面倒臭いので、当然のようにシャルルは傍観を決め込む。すると、最後尾を歩いていたイリアが、2人の間に割って入った。
「まあまあ、パテトについてはいつものことですし。それよりも、その鎧、とても良い感じだと思いますよ」
「え、そ、そうだろうか?」
今しがたまで難しい顔をしていたフィアレーヌが、少し顔を赤らめて俯く。徒歩での長距離移動や、俊敏な行動が求められることが多くなるため、常用していたフルプレートの鎧を変更したのだ。機動力を重視し、ブーツと腰回り、それと胸の部分だけを残した軽鎧にしたのである。
ちなみに、残りの部分は、シャルルがアイテムボックスに収納している。
「単純な者達じゃのう」
イリアの杖にしがみ付いている人形から、声が聞こえた気がした。
その光景を眺めていたシャルルが、深々と溜め息を吐いた。
なんと、個性が強い顔触れになったんだろうか。面倒臭過ぎる。ああ、こんな状況で旅をするなんて、もう吐きそう―――え?
不意に周囲が静かになったため顔を上げると、3人と1体がシャルルの顔を睨んでいた。ダラダラと滝のように汗を流すシャルル。口にはしてないはずではあるが、もしかすると、声に出していたかも知れない。
「もう、泣きたい・・・」
シャルル達は殺伐とした雰囲気を予想して身構えていたが、意外なほどにギガンデル神国内は普通であった。擦れ違う人達が、突然勝負を挑んでくるといったこともなく、一般的な挨拶を交わす程度だ。山の中腹に巨大な穴が開いていたり、底が見えないクレーターができてさえいなければ、他の国々と全く変わらない。
「それにしても、何をどうやったら、山の形が変わる程の攻撃ができるんだろう」
ふと零したシャルルの言葉に、フィアレーヌが答える。
「多分、あれは邪竜・・・つまり、魔王が暴れた後だと思うぞ。私が調べたところによると、400年前に起きた魔王を封印するための戦いは、幾つもの街や村が消し飛び、山が形を変え、湖が干上がった―――とされていた。半信半疑であったが、真実だったのだなあ」
実物を目の当たりにした感動で、何度もウンウンと頷くフィアレーヌを、シャルルが生暖かく見詰める。シャルルが全力で古代の禁呪を行使すれば、同様のことができるかも知れない。しかし、普通の人間が同等の魔法を放つことなど、まず不可能だろう。
目指すイシリアまでは、徒歩で2日の距離である。宿場町など存在しないため、シャルル達は野営することにした。シャルルが周囲を索敵するが、特に脅威となるような魔物はいない。この周囲どころか、今日1日、街道で魔物に遭遇することはなかった。もしかすると、竜士族の戦闘力が高いため、魔物の数自体が少ないのかも知れない。
しかし、平和な時間は、長くは続かない―――
翌朝、高速で近付いて来る物体に気付いたシャルルが、剣を掴んで素早く立ち上がった。
空を見上げて身構えるシャルルを目にしたフィアレーヌが、同様に剣の柄に手を掛ける。
「―――速い」
近付いて来るモノは、間違いなく空を飛んでいる。しかも、その速度は軽く音速を超えていた。考えられるモノはただ1つ。何らかの竜種である。
それから間も無く、ソレはシャルル達の目の前に着地した。
轟音を撒き散らし、暴風と共に砂塵を噴き上げたソレは、できたばかり巨大なクレーターの真ん中で仁王立ちしていた。
その正体は、作務衣風の白衣を纏った壮年の男であった。
「人間よ、早々にギガンデルより立ち去れ。これは警告であり、最終通告である。もし従わないのであれば、力ずくで排除する。その際には、生命の保証はできない」
男は高圧的な態度でシャルルに告げた。




