ランズフロントの闇⑥
その様子を眺めていたザックが頷く。
「とりあえず、これで同行する竜士族という条件はクリアできたな。あとは、守備兵との対戦だが・・・まあ、これはやらなくても結果が見えてるな」
苦笑いをしながら、ザックが頭を掻いた。
とりあえず、通行の許可を得るため、ザックの案内でシャルル達は防壁に向かう。そして、堅固な門に隣接する駐屯所に入った。
「じゃまするぞ」
ザックが顔を入れ、中に向かって声を掛ける。
「ああ、ザックさん。昨日はありがとうございました」
「いや、俺は何もやってないんだがなあ・・・」
ザックと守備兵は当然の様に顔馴染みだった。ザックは自警団の団長だ。一緒に行動することもあるのだろう。
「それで、何か用ですか?」
「ああ、ちょっとな」
ザックはそう言うと、振り返ってシャルル達に視線を送った。
ザックが経緯を説明し、それを聞いた守備兵達の表情が歪んだ。
「ええ・・・もう今更じゃないですか。闘竜級の邪竜派の奴等を、簡単に倒していたんですよ?俺達が敵うはずがないですよ。それに、緊急事態に協力してもらいましたし、仲間みたいなものでしょ」
「だそうだ」
シャルルに向かって親指を立て、ザックは笑顔を見せた。
通行証を受け取ったシャルル達は、ひとまずザックの露店に戻ることにした。上手い具合に空腹であったし、今後の方針について話し合っておきたかったからだ。
「あいよっ!!」
ザックがどんどん串焼きを作り、それをカウンターに並べていく。それが、どんどんパテトの胃袋に消えていく。
「コラ、他の人の分を食べるんじゃない!!」
シャルルがパテトの頭を押さえ、自陣への侵入を防いだ。
その隣では、フィアレーヌが串焼きを手にして、マジマジと見詰めている。どうやら、食べ物なのかどうか確認しているらしい。そして、意を決したのか、前進から闘気を噴出しながら口に入れた。一噛み、二噛み。フィアレーヌのが目を見開く。
「こ、これは!!この芳醇な香りと、香ばしくも肉汁が滴り、そしてこの繊細な歯ごたえ・・・伝説のレインボーチキンの肉ですか!?」
「いや、普通の鳥だ。いいから、とりあえず食え」
本日分の仕入れた肉が無くなった頃、ようやくシャルル達の胃袋が満たされた。
「ちょっと、肉を仕入れて来る。店番を頼むぞ」
そう言って肉屋に向かうザックを見送り、ようやく話し合いが始まった。
「とりあえず、情報の整理をしよう」
実質、アルムス帝国の近衛騎士団を統括していたフィアレーヌが、慣れた調子で話しを進める。
「それで、シャルル達が仕入れた情報というのは?」
そう問われた瞬間、シャルルが視線を逸らす。そして、イリアは俯き、パテトは頭上にクエスチョンマークを点している。正直なところ、シャルル達はまだ何もしていなかった。知っているのは、ザックが話してくれたことだけだった。しかもそれは、先ほどフィアレーヌもザック本人から聞いた内容だ。
その様子を見たフィアレーヌは大きく溜め息を吐いた。
「まあ、まだランズフロントに来て2日だし、仕方ないことかも知れない。だけど、もう少し勇者としての自覚ある行動をだね―――」
フィアレーヌは、なまじ常識があるだけに話が硬い。既に、パテトの瞼が重そうだ。
「―――とは言っても、私も何も知らないんだけどね」
「「「え?」」」
フィアレーヌがペロリと舌を出した。
「知っての通り、ギガンデル神国は1000年以上前から、ほぼ鎖国状態だし、隣国とはいえほとんど情報が入ってこなかった。分かっているのは、400年前に魔王が出現したことくらいなのだ」
「魔王が?」
フィアレーヌが何気なく口にした言葉に、シャルルが驚く。
エリンヘリアルとして現われた600年前に実在した勇者ジーク・アレクサー。彼が告げたことをシャシャルルは思い出した。
魔王は全部で4体。自分が封印した魔王は3体。200年ごとに復活するスライムの魔王。300年ごとに復活するアンデッドの魔王。そして、シャルルがまだ遭遇していない、600年前に暴れ回った最強の魔王、吸血鬼の真祖ノーライフキング。
―――つまり、ここに最後の魔王が封印されているのだ。
「それは、邪竜様のことだな」
そこに、肉を仕入れに行っていたザックが戻ってきた。
4人の視線を受けたザックは、苦笑いしながら屋台の中に入る。そして、話しを続けた。
「この国には、飛翔スキルが行使できる鬼竜級の上に、完全な竜に昇華できる方が6人いる。王の側近である、赤、白、黒、青の四竜。そして、神と崇められる最強の竜、国王様だ」
話を聞いていたシャルルが違和感を覚える。
「6人ではないんですか?それだと、5人しか・・・」
「そうだ。この国には、国王様以外にもう1人、神竜級の方が存在する」
「もしかして、それが魔王?」
ザックはシャルルを見詰め返し、返事をすることなく話しを続ける。
「もう一方が、国王様の兄上でいらっしゃるガリトラ様だ。その強さは、国王様以上。お前達も強いが、神竜級の強さは半端ではない。ブレスは平原を焼き尽くし、その魔力を込めた咆哮は大地に巨大な穴を開ける。あの門の向こう側に行けば分かるが、あちこちに爪跡が残っている」
山の形が変わっただとか、湖ができただとか荒唐無稽な話が続く。その話しを聞きながら、流石にシャルルも冷や汗を流す。
「そして、何が原因かは知らないが・・・1200年前、ガリトラ様は突如暗黒面に堕ち、邪竜になってしまわれた。この国のみならず、他国の街を焼き払い、人々を蹂躙し、阿鼻叫喚の渦を巻き起こす魔王となってしまわれた。過去に2度復活されたが、その度に四竜と勇者が協力して、どうにか封印してきた」
「神竜級の竜士族。しかも、理性という箍が外れているとなると・・・」
シャルルの呟きに、ザックが反応する。
「戦闘力では、間違いなく、全世界で最強クラスだ。しかも―――」
「しかも?」
「四竜のうち、白竜様と黒竜様が、ガリトラ様に下った。
何があったのかは分からないが、400年前、ガリトラ様が封印された時に王城を去り、封印された地に移られたのだ。つまり、以前のように、協力して封印するということができない。しかも次は、四竜のうち二竜をも相手にしなければならないということになる。現実的に、勝つことは不可能だ」
完全なる竜―――それは、1体で国の存亡に関わる存在だ。ワイバーンや地竜などの亜種ではなく、完全なる竜との遭遇は、即ち死である。理性という枷から解き放たれ、完璧な戦闘モードに入った時、海が割れ、空が落ちる。音速を軽く凌駕する移動能力に加え、付加効果が込められたブレス攻撃。そして、何よりも竜語を介した古代魔法は超威力である。現存する魔法や防具では決して防ぐことはできず、その威力は環境さえも破壊する。
「お前達が、一体何をしようとしているのかは聞かないが・・・まず、神都に行け。そこで自分達に何ができるのか、何ができないのか、しっかりと見極めた方が良い」
ザックの言葉に、シャルルが静かに頷いた。シャルル達に竜に関する知識は皆無だ。この国の現状が分かっていない。確かに、情報収集のためにも、神都に行くべきだろう。




