ランズフロントの闇⑤
翌日、シャルルは再びザックの元を訪ねた。シャルル達の目的は観光では、3人目となる魔王の情報収集と、ヤクモに辿り着き盗まれた物を取り返すことだ。
開店の準備をしているザックに、シャルルが声を掛ける。
「ザックさん」
ザックは顔を上げると、笑顔で応対した。
「おお、お前達か。昨日散々飲んだお陰で、今日は二日酔いだぞ」
竜士族でも二日酔いになるのだということに驚いたものの、シャルルは当初の目的を口にする。
「僕達、あの壁の向こう側に行きたいんですけど、どうすれば良いですか?」
シャルルの問いに身体を起こしたザックが、真剣な表情で聞き返した。
「何をしに行くんだ?正直なところ、ギガンデルは荒れている。しかも、人間に優しい国ではないぞ」
シャルルは暫く逡巡した後、正直に話すことに決めた。
「実は、魔王の情報を求めて旅をしているんです。ユーグロード王国からアルムス帝国へと渡り、世界樹にも行きました。後は、ここギガンデル神国とヤクモだけなんです」
「もしかして、お前は当代の勇者なのか?」
ザックの問いに、シャルルは首肯する。
「なるほどなあ。それなら、あの強さにも納得いくってもんだ。お前達の話は分かった、だがな、この国にはこの国のルールがある。仮にお前達が信頼できる人間で、魔王を討伐するために動いていたとしてもだ、ルールを曲げることはできない。
覚えているか?この街の防壁を通過するためには2つ条件がある。1つ目は、門を守護している兵士と戦い、これに勝つこと。そしてもう1つが、竜士族が同行することだ」
「では、何の問題もあるまい」
不意に、凛とした声が響いた。
驚いて振り返るシャルルの目に写ったのは、緋色の鎧に身を包んだフィアレーヌだった。
フィアレーヌは緋色の髪を靡かせながら、シャルルの元に歩み寄った。
「先日、帝都に2人目の魔王が討伐されたという報告があり、次はいよいよギガンデル神国に向かうと予測してここまで参った。途中、クラーケンが丸焦げになって浮かんでいたが、シャルル殿の仕業だろう」
シャルルがランズフロントに入港した際に目にした豪華な船は、フィアレーヌが乗船してきた物なのだろう。シャルル達がイブリス山に行っている間に、先に到着したのだろう。
フィアレーヌは笑顔でシャルルに告げる。
「私は混血ではあるが、間違いなく竜士族だぞ」
「フィアレーヌ皇女」
突然現れたフィアレーヌを目にしたシャルルが、大きく目を見開く。
「申したではないか。ギガンデル神国に行く時には、必ず私の力が必要になる、と。それに、ここはもうアルムス帝国ではない。そもそも、貴殿はアルムス帝国の国民でもなかろう。あの時に申したように、フィアと呼んでもらいたい」
「フィア、ですか?」
「そして、私には貴殿を、シャルルよ呼ばせてもらいたい」
少し頬を赤くして俯くフィアレーヌは、ギャップ萌え間違いない。
自称竜士族の登場に、ザックが怪訝な表情をする。
「ううむ・・・国外に竜士族がいるはずはないのだが。しかも、皇女だと?」
それを聞いたフィアレーヌが、あからさまに不満を顕わにする。
「ほう、私の言うことが信じられぬと?では、見るが良い―――竜化!!」
そう叫ぶと同時に、フィアレーヌの纏う気が一気に膨れ上がる。それは2倍というレベルではない。一気に数倍、いや、10倍近くも跳ね上がったように思える。しかも、スキルを使用して宙に舞い上がった。
「まさか、鬼竜級以上なのか!?」
ザックは驚愕の余り、叫んだ状態のまま大きく口を開けて唖然としている。
「鬼竜級?」
「ああ、昨日少し話しをしたが、身体能力向上ができる階級を闘竜級という。更にその上、空を飛ぶことができる階級を鬼竜級という。この階級の竜士族は、もうほとんど存在していない。恐らく、国内にも100人いるかどうか・・・」
シャルルの問いに答えたザックが、信じられない光景に目を疑っている。しかし、フィアレーヌが鬼竜級以上ということは紛れも無い事実である。
「どうだ?これで私が竜士族だと、信じる気になったか?」
竜化を解いたフィアレーヌが、ザックの目の前に降り立った。
「確かに・・・疑って、すまなかった」
頭を下げるザックに、フィアレーヌは満足したように笑顔を見せる。そして、シャルルに向き直ると、改めて申し出た。
「この私、フィアレーヌ・アルムスは、今日この時より、勇者シャルル・マックールと行動を共にさせて頂く。既に我が父、皇帝キングスレイ・アルムスにも許可を頂いている。よろしく頼む」
フィアレーヌから笑顔で差し出された手を、シャルルも笑顔で握った。
「分かった。これからよろしく頼むよ、フィア」
「よろしく、シャルル。そして、パテトにイリアも、仲良くして欲しい」




