ランズフロントの闇②
港近くの宿屋とはいえ、やはりオーナーは竜士族だった。注意深く見なければ分からないが、身体のどこかしらに竜の鱗がある。全身という訳ではなく、ほんの数枚といったところだ。竜士族は元々竜であったと言われているが、徐々に竜の血は薄くなり、竜化できる者はほんの一握りになっている。その一部の者を除けば、身体能力が異常に高い亜人でしかない。
宿屋の受付もオーナーも、当然のように全く愛想がない。部屋の鍵を差し出すだけで、ニコリともしなかった。
2部屋確保したシャルルは、受け取った鍵の1つをイリアに手渡すと一先ず2階に上がる。宿泊する部屋に入り窓から外を眺めた瞬間、少し離れた場所で轟音と共に砂埃が舞い上がった。それを目にしたシャルルは、大きく溜め息を吐いた。
部屋を出ると、ちょうど隣の部屋から出て来たイリアと廊下で一緒になる。イリアはシャルルの顔を見ると同時に、苦笑いを浮かべた。
「パテトの仕業としか思えないんだけど」
そう口にしたシャルルに、イリアは頷くことで同意を示した。
砂埃が舞う中で、パテトは串焼き屋の店主を見下ろしていた。
「串焼き1本が金貨1枚とか、ふざけるな!!・・・まあ、確かに美味しいけどさ」
どうやら、串焼き屋の店主が、相手が他種族ということで料金をぼったくろうとしたことが原因のようだ。普段であれば、少し脅せばどうにかなったのかも知れないが、相手はパテトである。凄んだ瞬間、殴り飛ばされたのだ。
竜士族の店主は、数十メートル先まで何度も回転しながら吹き飛んだが、やはり戦闘に特化した種族らしく全くの無傷だった。むくりと起き上がると、服に付いた砂を払った。そして、パテトを睨み付けると獰猛な笑みを浮かべた。
シャルルはイリアと共に、宿屋を出ると砂埃が立ち上った場所へと急いだ。もし竜士族との間にトラブルが発生したら、最悪の場合、街を追い出されるかも知れないのだ。
パテトを1人にしたのは、間違いだったな―――そう、後悔し始めた頃、シャルルの目に轟音が響いた場所が写る。激しいバトルが繰り広げられていると思っていたが、意外なことに、そんな気配は微塵も感じられなかった。それどころか、楽しげな笑い声がシャルルの耳に飛び込んでくる。
シャルルが通りの先に捉えたのは、満面の笑みを浮かべて串焼きを頬張るパテトの姿だった。
「あ、シャルル」
「えっと・・・一体、どういうことなんだ?」
パテトは大柄な竜士族が営む露店で、山盛りの串焼きを頬張っている。殺伐とした雰囲気は一切なく、まるで馴染みの店の様な打ち解け方だ。他種族を毛嫌いする竜士族が、一体どういうことなのだろうか。
よく見ると、店主の左頬が腫れ上がっていた。
シャルルが店に近付くと、店主はあからさまに剣呑な態度になる。ピリピリとした空気の中で、パテトに訊ねる。
「何か、物凄い音がしたから様子を見に来たんだけど」
すると、パテトはタレで口の周りを茶色に染めながら答えた。
「うん、このオッサンをぶっ飛ばした」
「アホか―――!!」
スパーンという音と共に、シャルルの手が振り抜かれた。パテトは後頭部を押さえて呻く。
「イチイチ問題を起こすな。お腹が空いたなら、静かに、穏やかに食べろ」
シャルルとパテトのやり取り見ていた店主が、ポツリと呟いた。
「もしかして、この兄ちゃんも強いのか?」
店主は2メートル近い巨体で分厚い胸板をした、見るからに脳筋系のオッサンだ。その期待を裏切らない行動に出る。
「兄ちゃん、ウチの串焼きが食いたいなら、俺を倒すことだ!!」
「え、ええ・・・別に、串焼きを食べに来た訳では・・・」
荒い鼻息を噴射し、山のような力こぶを作る店主。面倒臭くなったシャルルは、大きく溜め息を吐くと店主をぶっ飛ばした。
「ぶへえっ」という叫び声を残し、店主は物凄い勢いで通りを転げて行った。ようやく止まった時には、豆粒に見えるほど遠くまで転がっていた。
少し、やり過ぎたかな。と、シャルルは思ったが、暫くすると豪快に笑いながら店主が戻って来た。そして、満面の笑みでシャルルの肩を叩くと、まるで昔からの友人のように親しげに言った。
「ガッハッハ!!良いぞ、良いぞ。強さこそが全てだ!!兄ちゃんは、たった今から俺の仲間だ。さあ、食え、どんどん食え!!」
豪快に笑っていた店主の笑みが消え、今度はイリアを睨み付ける。一連の出来事を眺めていたイリアは、大きく溜め息を吐きながら、店主のオッサンを杓杖でぶっ飛ばした。
回復系のスキルが高いイリアであるが、高レベルの冒険者である。当然のことながら、その身体能力は非常に高い。
吹き飛んだ店主は満面の笑みで戻って来ると、イリアに笑顔を向けて山盛りの串焼きを手渡した。
「お嬢ちゃんも、食え。腹いっぱい、食え!!ガッハッハ」
脳筋、恐るべし。




