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ランズフロントの闇①

 レリムア大陸の欠片であるイブリス山の頂上を離れ、北西に進路を取ること4日目。前方に陸地が見えた。エドワードの計算によると、そろそろギガンデル神国側の港町に到着するはずである。


「恐らく、あと数時間でランズフロントに着くはずだ」


 ランズフロントとは、ギガンデル神国の港湾都市である。アルムス帝国との交易だけのために築かれた街であり、ここまでは人の出入りが自由になっている。そのため、多くの商人がこの街に拠点を置き、無数の船を走らせている。オスティの入り江に停泊していた商船も、ここランズフロントに向かうための船である。


 エドワードの言葉に、少しだけシャルルは感傷的になる。これまでに、これほど長く一緒にいた同世代の男がいなかったためだ。エドワードも同じようなことを思っていたのか、シャルルに近付くと、いきなり肩を組んだ。


「ありがとうな。お前と出会わなかったら、サンエレナード号も俺も、こうして海に出ることができなかった。シャルル、お前に会えて幸運だったよ」

 エドワードはシャルルから離れると、その日に焼けた手を差し出した。シャルルはその手を力強く握ると、満面の笑みを浮かべた。

「僕もエドワードに会えて良かった。楽しい船旅だったよ」


 ガッチリと握手を交わす2人に、メアリが声を掛けた。

「えっと・・・申し訳ないんですけど、ランズフロントが見えてきました」


 その声に反応した2人が、ほぼ同時に前方を確認する。そこには、オスティと同様の、大規模な港が広がっていた。多くの商船が停泊し、積荷の入れ替えを行う様子が見えた。

「到着したな。まあ、お前が冒険を続けていれば、またどこかで巡り合うだろう」

「そうだな」

 エドワードの言葉にシャルルが頷いた。


 それから数十分後、サンエレナード号はランズフロントに入港した。船の間を徐行し、停泊できる場所を探す。


「やけに船が多いな。もしかして、もうクラーケンを討伐したことが知れ渡ったのか?」

 シャルルには状況が分からないが、確かに船の数が異常に多い。しかも、少し離れた場所には、金の装飾が施された豪華は船まで係留されている。


 暫く進んでいくと、サンエレナード号の漆黒の船体を見付けた船乗り達が身を乗り出し、拍手と共に歓声を上げた。エドワードの言葉通り、既にクラーケンを討ち取った事を皆が知っていたのだ。

 サンエレナード号が討伐したのだと―――


 係留されている商船の隙間に停泊し、いよいよ別れの時が訪れた。シャルルとエドワードは、再び固い握手を交わした。


「じゃあ」

「おう、またな」

 最後はあっさりと。しかしそれは、それだけ信頼が深くなった証拠であろう。


 振り返ることなくシャルルはパテトとイリアを伴い、ランズフロントの街に足を踏み入れた。

 ランズフロントは、アルムス帝国と似通った街並である。海岸線には整備された波止場が続き、内陸部には住居と商店が混在したエリアが広がっている。オスティとの明確な違いは、竜士族の姿をチラホラと見掛けることだ。


 基本的に、竜士族は他種族との交流を嫌う。それ故に他国との交流を断ち、現在、ほぼ鎖国状態となっている。その中で、このランズフロントだけが、他国と交流する場所として提供されているのだ。


「それにしても、凄い防壁だなあ」

 街を取り囲むようにして築かれた壁を見詰めて、シャルルが呟いた。


 ここ、ランズフロントは、特別に開放された場所だ。この場所から、ギガンデル神国内部への入国は許可されていない。国の確固たる拒否の姿勢と、侵入達への警告として、ギガンデル神国はランズフロントに高さ20メートル以上の防壁を築いたのだ。それは防壁と言うよりは、もはや長城と呼べる物であった。


「とりあえず、あの防壁を越える方法を考えないとね」

「それにはまず、腹ごしらえを・・・」

 シャルルの言葉を受け、早速パテトが周囲を見渡す。飛び出そうとするパテトを、イリアが掴まえた。

「待って。まずは宿探し。それから、情報収集よ。ここは特殊な街だから、もし竜士族と揉めるようなことがあったらいけないから、ね」

 一生懸命諭すイリアの肩を、シャルルが優しく叩く。

「もう、いないから・・・」


 パテトが騒ぎを起こさないことを信じ、シャルルとイリアは宿屋を探すことにした。この街で店を構えている者は、基本的に竜士族である。商品の売買はできても、この街に商店等を持つことは許されていない。


 シャルルは海に近い場所に立つ宿屋を選び、その中に入って行く。本当ならば防壁に近い場所に滞在し、情報を得たいところである。しかし、無用な嫌疑を掛けられないためには、人族が多い海辺の方が良いと考えたのだ。


 防壁を自らの目で確認するまで、シャルルは簡単にギガンデル神国へ入国できると思っていた。しかし、その想定は根本から崩壊した。


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