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海の王者と消えた大陸⑦

 ウインディーネはシャルルの問いには答えず、なぜかイリアを見詰める。

『私は知らない。だけど、そいつは知っているんじゃないの?』


 シャルルがウインディーネの視線を辿り、イリアの方を向く。

 2人の視線を受けたイリアは、勢い良く首を左右に振った。自分は無関係だと、必死にアピールしている。しかし、2人の目線をよく確認すると、見詰めているのはイリアではなく、杓杖と一緒に持っている人形だった。それは、ハイエルフのイルミンが渡した物である。


「ふん、なぜ分かったんじゃ?」

 突然、人形が喋り始めた。驚いたイリアが、人形を自分の顔に近付けた。

「近い、近いのじゃ!!」

 そう言った瞬間、イリアの手を擦り抜けてシャルルの肩に飛び乗った。


『これは、ニンギョウではなくヒトガタだからよ。いつでも繋がることができるように、魔法が掛けられているの。貴方達は知らず知らず、そいつと一緒に行動していたということになるわね』

 シャルルとイリアが目を見開く。同時に、悪口を言わなくて良かった、と胸を撫で下ろした。


 当然、シャルルには色々と言いたいことはあるが、それをグッと堪える。今はそれよりも重要なことがあるのだ。


「それで、なぜ勇者アストは四大精霊を封印したんですか?」

「知らぬ。いや、仮に知っていても言わぬ」

「は?」

 訳が分からないことを口走るイルミン人形を掴むと、シャルルは自分の目の前にぶら下げた。

「チューか?チューするのか?チューは抱き締めた時にしてくれた方が・・・いや、何でもない」

 なぜかイルミン人形が赤くなり、俯いてモジモジしている。

「違うわ!!そうじゃなくて、どうしてそんな中途半端は答えになるんだ?」


 シャルルの手をスルリと抜けると、イルミン人形は宙に浮かんだ。

「それは、ワシが観察者だからじゃ。何にも干渉せず、ただ観察する者。それが、ワシらハイエルフじゃ。この世界が消滅の危機に直面すれば動くかも知れぬが、基本的にワシらは傍観者じゃ」


『相変わらず頑固ねえ』

「ふん」

 ウインディーネの言葉に、イルミン人形が悪態をつく。どうやら、この2人は顔見知りのようだ。何を言っているのかは分からないが、そういうものだと思うしかない。


『それで、他に聞きたいことはないの?』

 溜め息を吐いたウインディーネが、再びシャルルの方を向いた。イルミン人形はイリアの元に戻ると杓杖に座り、今まで通り動かなくなった。


「もう1つだけ」

 そう言って、シャルルはウインディーネの後方に突き出る岩を指差した。

「それは、何?」

 シャルルの問いは、ひどく曖昧だった。傍から見れば、岩は岩でしか有り得ない。海の真ん中に在る、海中から不自然に突き出た岩。

 ウインディーネは、シャルルの真意を正しく理解していた。

『それは、イブリス山の頂上ね』


 そんなウインディーネの回答に、パテトが首を傾げた。

「はあ?ここは海のど真ん中なんだけど。どうして、その岩が山の天辺になるのよ。ただの岩じゃん」

 話の内容を正しく解釈していたイリアが、近くにいるパテトの肩を軽く叩いた。

「これが、レリムア大陸の欠片なのよ」

「え、何それ?」

 パテトの反応に、イリアの表情が一瞬にして険しくなった。


「パテトが船酔いで甲板をのたうち回ったり、クラーケンを一心不乱に食べていた時に、私達・・は、真剣に今後のことについて話し合っていたのよ。その時にエドワードさんが、オルチさんが残した航海日誌の内容について教えてくれたの。

 ―――レリムア大陸の欠片を見付けた―――と、書いてあったって。だから、クラーケンを倒したら、それを一緒に探しに行こうって」

「ふ、ふうん・・・・・・」

 思い切り嫌味を織り交ぜながら、イリアがこれまでの経緯を説明する。反応からすると、パテトは本格的に「初耳」のようだ。


 2人のやり取りを見ていたシャルルは笑顔で嘆息すると、ウインディーネに訊ねる。

「つまり、この下にレリムア大陸が沈んでいる―――ということですね?」

 ウインディーネは、全く躊躇することなく頷いた。

『イブリス山はレシムア大陸の最高峰だった山よ。標高は5000メートル以上だったと記憶しているわ』


「その山頂がここだとすると、大陸は水深5000メートル以上の深海に・・・一体、どうしてこんなことに」

『それは知らない。もうその時には、私は結界の中に封印されていたから』


 そこまで答えると、ウィンディーネが海水に溶け込むようにして徐々に姿を消し始めた。

『私はもう行くわ。十分に話しをしてあげたでしょう。人間は嫌いだけど、貴方には助けてもらったし、一度だけ協力してあげる。その時が来たら、また会いましょう―――』


 そう言い残すと、ウインディーネは完全に姿を消した。どこに行ってしまったのか、シャルルにさえその気配を感じることはできなかった。



 ウインディーナが去った後、シャルルは一度サンエレナード号に帰船すると、エドワードにレリムア大陸の欠片についての報告をした。既に凪いでいる海を進み、サンエレナード号はその岩に辿り着いた。


「あれだな!!」

 エドワードが指を差して叫ぶ。ソワソワと何度も振り返る様は、まるで遊びに来た子供のようだ。そんなエドワードに、こみ上げてくる笑いを堪えてシャルルが答えた。


「そう。あれが、レリムア大陸最高峰のイブリス山の頂上だ」

「そりゃあ!!」

 その瞬間、エドワードが岩に飛び移った。唖然とするシャルルをよそに、エドワードは満面の笑みを浮かべる。


「レリムア大陸が在ったことは、大精霊が認めたことからも証明された。後は、レリムア大陸が沈んだ理由だな」

「は?もう、実在していたことが分かったんだから、これで捜索は終わりじゃないのか?」


 今度は、エドワードが口を開けたまま固まる番だ。暫くして硬直が解けたエドワードは、腰に佩いていた剣を抜き、そのまま天に向かって突き出した。


「シャルル、お前、何か勘違いしているぞ。俺達は海賊だぞ。海賊が大陸を見付けただけで、どうして喜ぶんだ?俺達はレリムアの財宝を探しているんだ。大陸が在ることは、最初から分かっていた。場所が分かれば、サルベージだよ、サルベージ。ウチには海の魔物が大勢いる。場所さえ特定できれば、ある程度の深さまでは探索できるのさ」

 ニカッと笑うエドワードに、シャルルも戸惑いながらも笑みを返す。


「古い爺さんも義賊だの英雄だのと、大袈裟な名称で呼ばれたくなかったはずだ。あくまでも、大切な人や街を護るために戦っただけだと思う。誰だって、自分の大切なものは護るだろ?それだけのことだ。爺さんも俺も、ただの海賊だ。大海原を自由に航海し、死ぬまで大切なもののために生きるのさ」


 ただ、大切なものを護るために戦った―――

 確かに、その通りなのだろう。

 英雄になりたいとか、伝説になりたいとか、そんなことを考えていては何も護れない。全ての打算を捨て必死に戦う。その繰り返しによって大切なものを護り、そして、みんなが彼を英雄と呼んだ。

 職業ではなく、資格でもない。

 英雄とは、そういうものなのだ。


 エドワードは剣を鞘に納めると、満足そうに頷いて船に飛び乗った。

「さてと、とりあえず、シャルル達をギガンデルに送り届けるか!!」


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