海の王者と消えた大陸⑥
クラーケンを討伐した海域から北へ2日。オルチが残した航海日誌に記されていた場所が、ようやく近付いてきた。エドワードが進行方向に指を差した。現在地は晴れているが、その海域はなぜか黒雲に覆われ、風が吹き荒れている。まるで、局地的に嵐が発生しているように見える。
「まさかと思うけど、あそこ?」
「そうだな。その認識で間違いない」
恐る恐る質問したシャルルに対し、エドワードが力強く頷いた。
何度見ても、その場所だけ波の高さが10メートル以上あり、内部が見えないほど茶色に曇っている。いや、もしかすると、嵐の中に土の壁があるのかも知れない。
距離が近くなってくると、周囲に吹き荒れている風が結界の影響であることにシャルルは気付いた。空間を捻じ曲げるほどの強力な結界があるため、気流に乱れが生じ、引き起こされた気圧の変化によって強風が発生しているのだ。
つまり、ここには、強固な結界によって封じられている何かがあるのである。
結界まで100メートル前後まで近付くと、シャルルがエドワードに停船を求めた。
「僕達が先に行くよ」
「俺も一緒に―――」
「いや、エドワードにもしものことがあったら、一体誰がサンエレナード号の船長をするんだよ」
余りの正論にエドワードが思わず黙り込む。そんなエドワードの肩を、笑顔でシャルルが軽く叩いた。
「僕達は一応冒険者だし、あれくらい平気だよ。すぐに迎えに来てもらうから、ちょっとだけ待っておいて」
あの手漕ぎボートをアイテムボックスから取り出すと、シャルルはそれを海面に放り投げる。そして、古ぼけたボートに飛び乗った。
パテトはシャルルに続いて飛んだものの、イリアは甲板で躊躇する。スカートのようにヒラヒラとした聖職者の衣装が、躊躇した理由のようだ。確かに、あのまま飛ぶと、中が見えてしまうかも知れない。仕方なくシャルルは甲板に戻ると、イリアをお姫様抱っこして再びボートに飛んだ。なぜかパテトに睨まれるが、シャルルは華麗に受け流してボートを漕ぎ始めた。
「これは結界ですね」
目の前で吹き荒れる風を確認し、イリアが見解を口にする。
「うん、間違いない」
「じゃあ、ぶっ飛ばせば良いの?」
シャルルが同意すると、パテトが拳を握り締める。
「いや、それは止めてくれ。吹き飛ばされたパテトを、捜しに行くのは面倒だから」
「何それ!?」
「普通に解除するよ―――解呪魔法」
シャルルが手を翳すと同時に強風がピタリと止んだ。
解呪魔法により容易く結界は崩壊したが、目の前には茶色の物体が浮かんでいる。
「これって、アレだよね?」
「ええ、そうだと思います」
思わず呟いたシャルルに、イリアが同意して頷いた。
幾重にも施された複雑な結界。それによって空間が歪み、暴風を生み出していた。その結界が破壊された中には、奇妙な立方体が浮かんでいたのだ。よく見ると光り輝くまでに磨かれた、粘土のような硬質の土であった。
「土牢の結界か。ということは、この中には―――」
『そこの人間、この私をここから出してはくれぬか?』
土牢の結界の中から、か細い女性の声が聞こえてきた。出してやらない、という選択肢は無いため、シャルルはそれを承諾する。
「良いけど、出した瞬間に暴走するとかだけは勘弁して欲しいんだけど」
『大丈夫。私はそんなに粗暴ではないから』
「じゃあ―――ブレイク」
シャルルが魔法名を口にした瞬間、土牢の結界が霧散した。その中から現れたのは、全身が水でできた絶世の美女だった。海面から立ち上る水の上に立ち、水色の長い髪を水と同化させている。
「ウインディーネ」
シャルルが漏らした言葉に、水色の精霊が応えた。
『そうよ、私の名はウインディーネ。人間は私のことを、水の大精霊と呼ぶわ』
ウインディーネの登場に、シャルルは頭の中で考えていたことをまとめる。
サラマンダー。ノーム。そして、今度はウインディーネ。やはり、あの人が意図的に四大精霊を封印しているとしか思えない。残るはシルフ。恐らくシルフも、どこかに封印されているのだろう。
『人間、助けてくれて助かったわ。私は人間が嫌いだけど、貴方とは特別に話しをしてあげても良いわ』
「はあ・・・」
もう二度と遭遇することもないので、精霊にどう思われようがシャルルにはどうでもいい。
「いくつか訊ねたいことがあるんですけど・・・」
『良いわよ』
ウインディーネの同意を得て、シャルルは疑問に思っていることを問い掛けた。
「貴方は、誰に閉じ込められたんですか?」
シャルルの質問で思い出したのか、ウインディーネの表情が曇る。
『勇者よ、勇者アスト。あの人間に、私は1000年以上も、こんな所に封印されていたのよ。思い出しただけでも忌々しいわ!!』
シャルルは想像していた通りの返事に、再び思案を巡らせる。
「僕は、サラマンダーとノームも牢獄の結界から救い出しました。なぜ、勇者に協力した貴方達が、封印されたんですか?」




