海の王者と消えた大陸③
「イリア、船をシールドで囲ってくれ!!」
「はい!!」
「パテト、えっと・・・・・・特にない、かな」
「シャルル!!」
「え、何?」
「あの、腕を1メートルくらい。それと、頭のヒレを少し!!」
あれを、食べてみようとか、チャレンジャー過ぎる。そう思いながらも、シャルルはパテトに向かって親指を立てた。
クラーケンはその間にも、触腕を振り回しながら船に迫ってくる。しかし、その攻撃は、イリアの物理シールドによって全て無力化された。イリアは世界に2人しかいない聖女である。その膨大な魔力によって生成されたシールドは、クラーケンといえども簡単には破ることはできないだろう。
しかし、シャルルもクラーケンに対し攻め手を欠いていた。それは、足場と間合いのためである。船上からの攻撃では、距離も威力も倒すには到底足りていない。
「―――氷大地!!」
シャルルが魔法名を叫ぶと同時に、周囲の海面が凍り始めた。そして、半径100メートルほどの範囲が、分厚い氷の大地になった。
しかし、そんな氷程度では、クラーケンの動きを阻害する枷にはならない。クラーケンが氷を突き破り、触腕を振り上げてシャルルを威嚇する。
「いや、単に足場が欲しかっただけだし」
そう呟くと、シャルルが氷の上に飛び出した。
クラーケンの触腕によって既に浮島と化した氷の上を渡り、シャルルがクラーケンの頭部に肉薄する。小さな人間の攻撃など無意味だと知っているクラーケンは避けることもなく、確実に捕らえるために海中から腕を持ち上げるて待ち構える。剣を振り抜いた瞬間に捕らえ、触腕で叩き潰すつもりなのだろう。
しかし、クラーケンの計画通りにはならなかった。シャルルが剣を振った瞬間、いつでも攻撃に入れる様に持ち上げていた触腕が根元から崩れ落ちたのだ。シャルルは間髪入れず、海中から氷の上へと出していた腕にも斬り掛かった。剣戟が響くと同時に腕が細切れとなり、最終的には根元から綺麗に消失した。
ようやく自分の身体に起きた異変に気付き、身体をくねらせるクラーケン。しかし、一瞬で失った触腕1本と腕2本は戻ってこない。
海面を漂う氷に乗り、シャルルは一気に致命打を叩き込むつもりで様子を窺う。既に力を溜めていた足で、クラーケンの頭部を狙って大きく飛んだ。それに気付いたクラーケンが上体を反らし、巨大な口をシャルルに向ける。通常では有り得ない、クラーケンのブレス攻撃だった。
悪臭を放ちながら、腐食性の毒ブレスがシャルル目掛けて吹き荒れる。クラーケンのブレス攻撃など全く予想していなかったシャルルは、避けることもできずに直撃を受けてしまった。
茶色の霧に覆われた空間は、鼻を突く悪臭と粘着質の強い毒が蔓延し、その場にあった全てのものを腐らせていった。運良くサンエレナード号とは位置が真逆であったため、船に影響は出ていない。しかし、いくらイリアのシールドがあるとはいえ、ブレスの直撃に耐えられるかどうかは不明だ。
時間の経過とともに、毒の霧が緩やかな海風に流されて晴れていく。
「ああ、こりゃ参ったわ・・・」
気が抜けるような声の主はシャルルだった。
クラーケンの意表を突く毒ブレスが直撃しても、ほとんど無傷だった。シャルルは手足を交互にブラブラと振り、自分の身体に着いた液体を払い落とす。そして、悪臭に表情を歪めながら呟いた。
「これ、間違いなく、クラーケンのゲ〇だわ・・・臭っ」
シャルルの呟きを肯定するように、あれ以降クラーケンは微塵も動いていない。恐らく、自分の攻撃をものともせず迫ってきたシャルルに驚き、思わず内容物を吐き出してしまったのだろう。
その時、突然海中から触腕が飛び出し、シャルルが立つ氷に向かって振り下ろされた。正気に戻ったクラーケンが、再び暴れ始めたのだ。
叩き壊された氷から逸早く跳んだシャルルは、失った足場を取り戻すため、再び海面を凍らせる。しかし、その氷も即座にクラーケンの腕によって粉々にされる。シャルルが比較的大きな氷に着地した瞬間、その足に太い腕が巻き付き、そのまま高々と持ち上げられてしまった。その高さは、優に20メートルを超えている。その高さから叩き付けられると、海面の硬度は岩場とほとんど同じだ。
「シャルル!!」
サンエレナード号の甲板から、エドワードが名を叫ぶ。
「―――雷撃」
バチバチと激しい音を立てながら、海を眩い閃光が奔り抜ける。同時に、クラーケンの拘束が緩み、シャルルは再び着氷した。その身体には、まだパチパチと電流の残滓が流れている。
「雷系の効果は絶大だけど、巻き添いを食うんだよな・・・」
顔を顰めながら、シャルルが呟く。そして、自分のヌメヌメになった身体を見下ろして溜め息を吐いた。
痙攣していたクラーケンが再び復活し、その槍のような頭をもたげたまま腕を振り回す。その腕を剣で細切れにしながら、シャルルが宣言した。
「そろそろ、終わりにしよう」




