デスリー商会①
「あ、はい。特に問題はありません」
自然体で答えるシャルルに、マリアも安堵の表情を見せる。無関係な人を自分の事情に巻き込んでしまったことを後悔しているのかも知れない。
「お嬢様、私は後の処理を致しますので、先に宿に帰っていて頂けますでしょうか。
それと、シャルル様―――」
ダリルの言葉に頷くマリア。その隣で、シャルルが珍しく狼狽していた。「様」付きで名前を呼ばれたことなど、全く経験がなかったからだ。確かに「勇者様」とは呼ばれていたが、あれはあくまでも勇者に敬称が付いていただけに過ぎない。
「直ぐに片付けますので、暫くの間、お嬢様の護衛をお願いできませんでしょうか?もちろん、対価はお支払い致します」
ああ、なるほど―――と、シャルルは納得する。
「構いませんよ。全く無関係という訳でもありませんし。もちろん、マリアさんが承知するのであれば、ですけど」
「私からも、よろしくお願い致しますわ」
何の迷いも無く、マリアが快諾する。長居をして鑑賞するような光景でもないため、シャルルとマリアは直ぐにその場を離れた。
ほんの些細な行き違いで大量の刺客を送り込むなど、やはりデスリー商会は普通の商人ではない。しかも、後から現れたアサシンは、間違いなくAランク以上の実力者であった。
そして、返り討ちに遭ったとはいえ、マリアはBランクパーティを護衛に雇っていた。つまり、マリアはこの事態を、ある程度予想していたに違いない。
マリアの宿に向かう途中、馬車の中でシャルルは話しを切り出した。
「あの、本当のことを話して下さい。場合によっては、僕も手伝いますよ」
ちょうどその時、馬の嘶きと共に馬車が停止した。どうやら、宿に到着したらしい。
マリアはシャルルを見詰めた後、何かを決意した表情で口を開いた。
「では、私と一緒に来て頂けますか?」
「分かりました」
シャルルは趣向し、マリアの後に続いて馬車を降りた。
そこは、港のすぐ目の前にある最上級の宿だった。目の前にはラナク海峡が広がり、近くに巨大な連絡船も停泊している。
馬車が停車すると同時に、駆け寄って来るドアボーイ。その応対に恐縮するシャルルを余所に、マリアは堂々とエントランスを進んで行く。一応、シャルルは準男爵家の人間ではあるが、所詮は下級貴族である。そのため、こんな高級宿に宿泊した経験などない。
「一泊、いくらするんだろう・・・」
シャルルの思考は、現実逃避という海原に旅立っていた。
マリアが滞在している部屋は、最上階の貴賓室であった。この部屋に一泊するだけで、間違いなく金貨1枚以上は必要だ。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
部屋に入ると、そこには3人のメイドが頭を下げて並んでいた。
その光景に、シャルルは再び驚く。どう考えても、普通ではない。マリアは一体何者なのだろうか?
「どうぞ」
無意味に広い部屋の真ん中に置かれたテーブルに、シャルルは案内される。そして、勧められるままに、マリアの正面に腰を下ろした。その後、テーブルに紅茶が運ばれ、メイド達は即座に退室した。
「私はアルムス帝国の人間なので存じませんが、シャルル様は有名な冒険者ですの?」
「え、違いますけど?」
確かに有名ではあるが、シャルルの場合は悪名だ。
「そう、なんですの?
少なくとも、あのアサシンのレベル25以上、実力的にはAランクでした。その証拠に、契約していたBランクパーティが・・・」
確かに、あのアサシンは相当な使い手であった。しかし、魔王ベリアムと対峙した経験があるシャルルにとっては、特に苦戦するような相手ではない。
「ところで・・・」
シャルルは少し声を大きくし、強引に話しを切り替える。ここに来た理由は、マリアの目的を確かめることなのだ。
「どうして、デスリー商会とやらに襲われたんですか?
アレって、あの事だけで襲って来たようには思えなかったんですけど。それに、契約していた護衛のランクが高過ぎます。何か隠してますよね?」
既に観念していたのか、それとも、新たに護衛として引き込もうとしていたのかは分からない。マリアはあっさりと、全ての事情をシャルルに説明した。
「私の家は、アルムス帝国のサリウという都市にあります。そこで、商人のまとめ役、的な仕事していますの。最近、サリウのダンジョンで採取された上質な魔石を、ユーグロード王国に密輸している者がいる―――という事実が発覚致しました。そこで、それを調査に、可能であれば殲滅するために参りました。今回は、返り討ちに遭ってしまいましたが・・・」
「なるほど。その密輸をしているのが、デスリー商会という訳ですか?」
簡単に見抜かれたマリアは、苦笑いを浮かべて大きく頷いた。
魔石は、様々な分野に必要とされている鉱石の一種だ。粗悪な品は日用品材料や道具類に、上質な品は特殊な武器の材料として珍重されている。それが大量に密輸されているとあっては、商人も、国も、全力で阻止しなければならない。
「今はマリアさんの護衛ですし、この機会に元凶を潰しておきましょうか?」
「え・・・?」




