海の王者と消えた大陸②
「レリムア?」
聞き覚えのある言葉を耳にし、シャルルはそれが何だったのかと思案を巡らせる。
「幻の大陸、ですね」
シャルルの隣にいたイリアが、あっさりと答えを口にした。
「そうだ。レリムアは1000年以上前に忽然と消えてしまったと言われている幻の大陸だ。このセンタマリア海はU字型の大陸に挟まれた海だが、かつては、この海の中心に菱形の大陸があった。それが、レリムア大陸だ」
断言するエドワードの口調に、シャルルが疑問を抱く。
「あった?レリムア大陸というのは、ただの伝説じゃないのか?巨大な大陸が忽然と姿を消すなんて、常識的に考えて有り得ないんだけど。もし仮に、海に沈んだとすれば、海岸線にある都市、オスティだって津波に飲み込まれたはずだ」
「それはそうかも知れないが、この海にレリムア大陸があったという証拠があるのさ」
「証拠?」
シャルルはレリムア大陸の存在を信じていない。本当にあったとすれば、その存在を示す文献などが残っているはずだ。しかし、どこにもその痕跡が見当たらないのだ。口伝による伝説の継承以外に、レリムア大陸の存在を示唆するものは無い。
「ああ、証拠だ。とは言え、俺が実際に見た訳ではない。俺の、ひいひい・・・えっと、古い爺さんのオルチが記した航海日誌に、レリムア大陸のことが出てくるんだ。この海のどこかで、何らかの証拠を見付けたのは間違いない」
「へえ・・・」
海から飛び出して来たケルピーを剣で薙ぎ払い、シャルルが話の続きを促す。それを目にしたエドワードは苦笑いしながら続けた。
簡単に追い払ったが、ケルピーはAランクに指定されている海獣だ。魚の背ビレをした馬であり、水流を操る獰猛な魔物として知られている。もし遭遇していまうと、普通の商船であれば何の抵抗もできず全滅。武装した冒険者の集団であっても、生死を賭した戦いになる脅威なのだ。
「大雑把だが、だいたいの場所は分かっている。クラーケンを討伐した後でそこに行ってみようと思っているんだが、行くか?」
「もちろん」
エドワードの怪しげな誘いに、シャルルは即時に応じた。
魔王の存在や歴史的な石文などがあるのであれば、自分の目で確認したいと思ったのである。この世界がどうなっているのか―――それを知る手掛かりは、1000年以上前の遺物に在る。それだけは、疑いようのない事実である。
船の中で一夜を明かし、再び太陽が真上に昇った頃。ようやく、船は目的地に到着した。
「この辺りだろ?」
「そうですね」
エドワードの問いに、海図を開いているメアリが答えた。メアリは航海士であり、エドワードの側近だという。シャルル達には横柄な態度だが、エドワードに対してだけは従順だ。
「それなら、この辺りをウロウロしていたら、そのうち出てくるだろう」
東側には、シャンテリー山脈へと直接繋がる断崖絶壁。西南北の3方向は、水平線まで何も見えない。天候は晴れ。ほぼ無風状態、海はひたすら凪いでいる。船はほとんど揺れることなく、船酔いで寝込んでいたパテとも復活している。クラーケンが出現するという話さえなければ、バカンスにでも来ている雰囲気だ。
甲板で海を眺めながら立っているシャルルに、エドワードが注意を促す。
「ここまで来るまでの戦闘で、お前が強いことはよく分かった。だが、クラーケンは数千年もの間、誰にも討ち取れなかった魔物だ。十分に注意しろ。俺の古い爺さんも、クラーケンに負けた・・・いや、メアリの話によると、本当は手も足も出なかったらしい」
「分かってるよ」
頷くシャルルが、エドワードに拳を突き出す。
「大丈夫だ。任せとけって」
「頼む、爺さんの仇を取ってくれ」
2人の拳が合わさった瞬間、シャルルの表情が険しくなった。
「―――来る!!」
シャルルの索敵に、深海から迫る強大な影が引っ掛かった。サンエレナード号よりも巨大なそれは、クラーケン以外に考えられない。
「エドワード、全速力でこの場を離脱してくれ!!」
「あ、ああ、分かった。―――全員、配置に就け!!どっちでも良いから、風を受けて船を移動させろ!!」
瞬く間に乗組員達が甲板を動き回り、凪いでいるにも関わらず帆に十分な風を受け止めた。信じられない光景だった。無風の海を滑るようにして、漆黒の船体が移動する。
次の瞬間、元船が漂っていた場所を、2本の巨大な触腕が貫いた。触腕の先端部分のみでも優に3メートル以上あり、腕全体の長さを考えると20メートルはあるだろう。その場所の海面が突如盛り上がり、激しい水飛沫を上げながらイカの頭部が突き出した。
「クラーケン!!」
船に乗っている全ての者達が、その威容を目の当たりにして硬直する。よく話半分と言われるが、海獣の王者クラーケンは、紛れもなく30メートル以上ある巨大な魔物であった。
先端が尖った頭部を見上げるほど海面から突き出し、クラーケンがその大き過ぎる目玉でサンエレナード号を視野に納めた。




