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オスティと伝説の海⑧

 黒い帆船が係留されている場所は天井も高く、まるでホールのように広い。しかも水深が深く、例え大潮の干潮であっても、船が陸に打ち上げられることはないだろう。


 しかし、ここで1つの疑問が浮かんでくる。ここに辿り着くまでの洞窟は、高さが3メートル程度しかなかった。そもそも、この帆船が通り抜けられるほどの水深もなかった。


「一体、どうやって、ここに船を入れたんだ?」

 シャルルが吐き出した言葉に、その人影は剣を肩に担いで笑った。

「そうだ。どうやって、この船を再び大海に出せるというんだ。もしもそれができるなら、お前の行きたい場所に連れて行ってやろう!!」


 ようやく、その人影が明るい位置まで歩いて来た。

 声の主は、シャルルと同年代の男だった。頭に黒い布を巻き、真っ黒なシャツを羽織る姿は、とても堅気の船乗りには見えない。そう、これではまるで海賊だ。


「仮にできたとして、乗組員がいないと操船できないと思うんだけど?」

 至極当然の疑問を、シャルルはぶつけた。これだけの帆船を動かすとなれば、最低でも10人は乗組員が必要になる。しかし、ここにいるのは彼1人なのだ。

「へっ、そんな心配は無用だ。その辺はどうにかする。問題は、この船が出せるかどうか、だ。それで、どうなんだ?」


 シャルルはその問いには答えないまま、最も重要な質問をする。これを受けられないのであれば、交渉する意味がない。


「その前に、言っておかなければならないことがあるんだ」

「・・・何だ?」

 自分の問いが聞き流され不機嫌になった男は、自らの肩を剣の背で叩きながら質問を待つ。

「これからクラーケンを討伐しに行くんだけど、それでも良いのかい?」

 男は目を見開いた後、獰猛な笑みを浮かべた。

「もちろんだ!!」


 その言葉を受け取ると、シャルルは黒い帆船に近付いて行く。そして、手が届く位置まで移動すると、巨大な帆船をアイテムボックスに収納した。忽然と目の前から消えた船体に驚愕している男を余所に、シャルルはいつもと変わらない調子で告げる。

「よし、外に出ようか」


 アイテムボックス自体が希少なスキルであるが、仮に所持していたとしても、普通は1メートル四方程度の収納能力しかない。帆船が丸々入るなど、実際に目にしても信じることができないレベルである。


 外に向かって歩きながら、シャルルの気楽な言葉が続く。

「洞窟を壊しても良いんだけど、岩盤とか崩れたら船体が傷付くかも知れないしね」

 常識的に考えて、この規模の洞窟は崩せない。


「あ、どうだった?」

 シャルルに気付いたパテトが振り返るが、その背後に見えた人影に身構える。イリアはその隣で、いきなり浄化の魔法を放った。

「―――浄化魔法ターン・アンデッド!!」

 聖なる光りが、シャルルを中心とした半径5メートルの範囲を浄化する。普通の人には無害だが、悪魔やアンデッドには多大なダメージを与える―――

「あ、あれ?」


「失礼な奴等だな。お前の仲間か?」

 戸惑うイリアを無視し、アンデッドと勘違いされた男が陽の下に姿を見せる。その姿を確認したパテトは構えを解いた。

「なあんだ、人間かあ・・・って、誰?」

 頭上にクエスチョンマークを浮かべるパテトとイリアを、苦笑いを浮かべたシャルルが告げる。

「まあ、説明は後でするよ。というか、僕もほとんど何も分かってないけどね。ハハハ!!」


 シャルルは珍しく高笑いし、岩場に移動する。そして、海岸から直ぐに深くなっている場所を探して立ち止まった。

「ここなら、大丈夫かな?」

 そして、位置を決めると、アイテムボックスから黒い帆船を取り出す。


 強大な船が、いきなり出現したのだ。当然のように大量の海水が波となって海岸をさらい、シャルルを始めパテトもイリアも飲み込んだ。もちろん、一緒に洞窟から出てきた男も、頭の天辺から爪先まで海水で水浸しになっている。


「シャ、シャルルううううっ!!」

「・・・ちょっと、これはどうかと思いますわ!!」

 ずぶ濡れになり、怒りに震える2人。今にもシャルルに一撃を叩き込みそうだ。

「やったぞ・・・ついに、サンエレナード号が復活したぞ!!」

 2人の怒りは、それよりも大きい歓喜によって鎮火した。


 男が笑いながら、号泣しているのだ。

 黒い帆船の前で天を仰ぎ、大声で泣いているのだ。

 2人は呆気にとられ、怒っていることを忘れてしまった。


 男は涙を拭くと、シャルルの元へと歩み寄って来た。そして、右手を差し出す。

「俺の名前はエドワード・バーゴ。そしてこれは、センタマリア海を縦横無尽に暴れ回った、サンエレナード号、海賊王の船だ!!」

「エドワード・・・バーゴ?もしかして、150年前に海の英雄と称えられたオルチ・バーゴの子孫なのか?」


「そうよ。彼は海賊王オルチ・バーゴの子孫で間違いないわ」

 背後から歌うような声が響き、海運ギルドで受付をしていたメアリが現われた。その言葉を引き継ぎ、エドワードが話し始める。


「150年前、俺の祖先であるオルチはオスティ近郊の海を縄張りとし、この海を統べていた。オスティの住民を脅かす海賊を撃退し、航路で暴れる海獣を駆逐した。その行為により、海賊であるはずのオルチは英雄に祭り上げられたのさ。そして、ある日、ヤツがオスティ近海に現われた」


「ヤツ?」

「クラーケンさ。クラーケンを討つために出航し、そしてオルチは敗れた。すると、それまで英雄と崇めていた街の住民は、即座に手の平を返した。これまでの恩も忘れてな。それに対しオルチは反論することもせず、住民の意を汲む形で姿を消したのさ」


 話を聞いていたシャルルが、口を挟む。

「オルチさんは、その後どこに行ったんだ?」


 すると、今度は背後にいたメアリが口を開いた。

「オルチ様は、住民を怨んでいた訳でも、見捨てた訳でもなかったわ。不治の病だったのよ。病気を隠してクラーケンとの戦いに向かったけど、やはり全盛期の力には程遠かった。だから一線を退き、後を託したの。子孫が自分の代わりに、クラーケンを討つことを信じてね」


 メアリの口調に違和感を覚えたシャルルは、疑問をそのままぶつける。

「その言い回しだと、まるで見たように聞こえるんだけど」


 その問いに、メアリは笑みを浮かべて答えた。

「当然、この目で見たわ。いつか再び漕ぎ出す子孫に期待を込めて、それまでは誰にも奪われないように、海賊王の乗船であるサンエレナード号を洞窟に封印して自分の無念を託したの。最初に言ったけど、私はセイレーン。エルフや人魚ほどではないけど、寿命は500年以上あるから」

「まあ、誤算だったのは、子孫が誰も封印を解くことができなかった。ってことだな」

 最後を、エドワードが苦笑いしながら話しを締めた。


「エドワード・バーゴの乗組員は、全員亜人と魔物だ!!」


 エドワードがそう叫ぶと、メアリがギルド職員の制服を脱ぎ捨てた。

「オスティの海運ギルドは、便宜上作った隠れ蓑なのよ!!」


 海中から次々とマーマンやネレイス、マリンスライムまでもが飛び出してくる。

「さあ、出航の準備だ!!」

「全員、集合して船に乗り込め!!」

「今度こそ、クラーケンを討ち取るんだ!!」


「さあ、いつでも出航できるぞ」


 微かな記憶の中から、海賊の情報を捻り出す。

 オルチ・バーゴ―――商船を襲う海賊を退け、暴れ回る海獣を撃退した、オスティの英雄。センタマリア海を制した、海賊王だ。


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