オスティと伝説の海⑥
シャルルの申し出に、ディアスは困ったように顔を顰めた。そして、敷地の奥を眺め、申し訳なさそうに答える。
「残念ながら、それはできません。もう、私の元には船が無いんですよ」
「船がない?」
「ええ、所有していた船は、全て提供してしまったので手元に1隻も無いの。3ヶ月待ってもらえれば、依頼している船が完成するのだけど」
ディアスの説明を聞き、シャルルは思わず耳を疑った。同じ商人であるキヌイとトトスは、自分の利益だけを考えて、僅かな支援で誤魔化している。しかし、ディアスは街のために私財を投げ打っているのだ。同じ商人でも、ここまで違うものなのだろうか。
「あの、差し出がましいようですが・・・」
そう切り出したシャルルの話に、ディアスが耳を傾ける。
「キヌイとトトスの両商会は、支援をせず積荷を満載させた船を停泊させています。このままでは、クラーケンが討伐された時には、両者が丸儲けになってしまうのではないですか?」
すると、ディアスはシャルルを見詰め、穏やかな笑みを浮かべた。
「貴方は、1人で生きていけますか?」
「いえ」
「人はどんなに強くても、決して1人では生きていけません。誰かと繋がり、安らぎ、温かさ、様々な感情を育まなければ人とは呼べません」
頷くシャルルを見て、ディアスが再び問う。
「貴方には、大切な人がいますか?」
「はい」
「その人達が困っている時、貴方はどうしますか?
自分の力を出し惜しみして、見て見ぬふりをしますか?」
「いえ」
「私は、この街で300年以上続く商会の主です。この街と共に生き、生かされてきました。この状況で、我が身可愛さに保身に走ってどうするのですか。今こそ、私にできる限りのことを、この街のために、この街の人達のためにしなければなりません。とはいっても、船と資金の提供くらいしかできることはありませんが・・・」
そう言って、ディアスは苦笑を浮かべた。
「なるほど」と、シャルルはディアス商会が長年に渡り、この街で成功を収めてきた理由を理解した。街と生き、街に生かされる―――恐らくそれは、ディアス商会に延々と引き継がれてきた家訓なのだろう。
しかし、ここでも船が手に入らないとなると・・・
思案するシャルルに、ディアスが1つの提案をする。
「海運ギルドに行ってみたらどうかしら?私が紹介状を書きますから」
聞き慣れない言葉に、シャルルが聞き返した。
「海運ギルド・・・ですか?」
シャルルはディアスから海運ギルドに対する紹介状を受け取り、再び海岸通りに出た。海運ギルドは、更に東、本当の東端にあるとのことだった。
「シャルル見っけ!!」
不意に声が聞こえ、そちらを見るとパテトとイリアが駆け寄って来た。イリアにパテトを探して来るように頼んでおいたのだ。久し振りに、3人一緒の行動になった。
「これから、どこに行くんですか?」
イリアの問いに、シャルルが紹介状を見せながら応える。
「海運ギルド。商人は全滅。そこのディアス商会の主が、海運ギルドであれば、もしかしたら船が借りられるかも知れないって」
冒険者には冒険者ギルドがあるように、海運業を営む者達のギルドも存在する。あらゆる依頼を受け、各都市に存在する冒険者ギルドとは巨大な組織であるが、特殊な業種である海運ギルドの規模は小さい。シャルルを始め、パテトもイリアも存在自体を知らなかった。
ここ、世界有数の港湾都市であるオスティだからこそ在るが、ほとんどんの住民にすら忘れ去られている。海運にまで乗り出している大商人達が原因であるが、それも時代の流れだと言える。海運ギルドが隆盛を極めていたのは100年以上前のことだ。
シャルルは2人と共に、海岸通を東へと進んで行く。すると、石畳の道が終了してしまう。
「あれ?海運ギルドなんて、どこにも無かったと思うんだけど・・・」
シャルルが振り返ると、イリアが背後を指差した。
「あれ、ではないですか?」
「あれ?」
再度道の終わりを見ると、そこから、幅が1メートルほどの狭い道が続いていることに気付いた。舗装どころか、整備さえもされている様子はなく、ほとんど獣道のレベルだ。
その道を暫く眺めた後、シャルルが呟いた。
「とりあえず、行ってみようか」
小道を進んで行くと、その先に古い木造の建物が見えてきた。一般的な平屋建ての民家と変わらない建物は、どう考えてもシャルル達が知っているギルドとは別物だった。
そのあばら家に到着したシャルルは、入口に掲げられている朽ちた看板を見上げた。
「オスティ海運ギルド・・・確かに、ここらしい」
「でも、これ、誰もいないんじゃない?」
「そうですね。とても、運営している様には見えませんね」
シャルルの言葉に、パテトもイリアも否定的な感想を述べる。確かに、10人が10人同じことを思うだろう。
シャルルがゆくり扉を開けた。




