オスティと伝説の海⑤
海岸に辿り着くと、10隻以上の大中型船が埠頭に係留されていた。どれも堅固な造りの商船で、少々の嵐等で破損するような代物ではない。守衛はそれらの船の前を通り過ぎた場所で止まり、そこで指を差した。
「この船を無償で譲渡するとのことだ。自由に使うと良い」
その指し示された先にあったのは、2人乗りの古ぼけた手漕ぎボートだった。どう考えても、入り江から出る前に沈没してしまう。
「キヌイ様からの御好意だ。謹んで受け取るが良い。ハッハッハ!!」
高笑いをして、守衛はその場から去って行った。
その場で、シャルルは小さく息を吐いた。相手は商人。しかも、この貿易港で一番と言われる大商人だ。簡単に事が運ぶとは思っていなかったが、この対応には流石に呆れてしまう。
クラーケンが討伐されなければ、自らの首を絞めることになるというのに目先の支出を削る。聞けば、今回の緊急クエストに対する援助も全くしていないという。クラーケンが討伐された暁には、真っ先に出航できる準備だけを整えている。
「パテトを連れて来なくて良かったよ」
手漕ぎボートを眺めながら、シャルルが呟いた。もし、ここにパテトがいたら、目の前に浮かぶ商船が跡形も無く海の藻屑と化していただろう。シャルルは小舟に手を触れると、とりあえずアイテムボックスに収納した。
次にシャルルが向かったのは、オスティ第2の商人であるトトス商会だ。規模的にはキヌイ商会の半分程度であるが、虎視眈々とその座を狙っている。当然のように、緊急クエストには小額の金銭を提供しているだけだ。数多の商船は、キヌイ商会同様に商品を積み込ん状態で待機している。
トトス商会はキヌイ商会の直ぐ隣にあり、競い合うように高層の社屋が建っていた。1階ずつ継ぎ足している構造は傍目からは倒壊しそうな危うさを感じるが、本人達は気にしていないのだろう。
やはり、鉄製の柵に囲まれた敷地の入口に門があり、そこに守衛が立っていた。まるで双子のように、大柄な男が、やはり鋼製のフルプレートの鎧を装着し、大盾と鋼の大剣を装備していた。恐らく、競い合っているうちに、どんどん装備が豪華になっていったのだろう。
「あの・・・」
シャルルが声を掛けると、守衛が高圧的な態度で近付いて来た。そして、シャルルについて来るように促すと、埠頭まで先導していく。
「これだ」
そこにあったのは、手漕ぎボートだった。
2隻目の手漕ぎボートをアイテムボックスに収納し、溜め息混じりにトトス商会を後にするシャルル。次は最後の大規模商会であるディアスだ。この様子では、商人には何も期待できそうにない。それでも可能性がある限り、行かないという選択肢は無い。
ディアス商会は他の2商会とは違い、入り江の端、東寄りにあった。中心部をキヌイとトトスの両商会に占拠されている現状では仕方ないのかも知れない。
街の外れへと向かっていると、木の塀に囲まれた場所が目に入った。その塀には、ディアス商会という文字が赤で書き込まれていた。ここが、ディアス商会で間違いないようだ。
このディアス商会は規模的には他の大商会よりも数段劣るが、その歴史はこのオスティでは最も古く、300年以上前から続いている。かつては、オスティで一番大きく商いをしていたが、キヌイとトトスによる様々な妨害工作によって、売り上げが減少していったという噂である。それでも、古参の商人や住民に支えられ、どうにか地位を保っている。
木の塀を辿って行くと、やがて敷地の入口に到着した。木製の門は開け放たれ、傍に設置されている小さな小屋には小柄な老婆が座っている。明らかに普段着であり、防具の類を身に着けている様子はない。
もしかして、この人が守衛なのだろうか?何からも護れそうな気がしないが・・・そう思いながら、シャルルは老婆に声を掛けた。
「ギルドの紹介で来たんですけど」
老婆がシャルルの存在に気付き、姿勢を正して振り向いた。
その姿に、思わずシャルルが息を飲んだ。一瞬であったが、無防備な状態のシャルルが気圧されてしまったのだ。別に、武威を示した訳ではない。ただ、呼ばれて振り向いただけなのに、である。
「はい、伺っていますよ。貴方が、シャルル・マックールさんですね」
その瞬間、シャルルは悟る。この人物は、門番などではない。この老婆こそが、サルマン・ディアス。この商会の主なのだ。
シャルルが頷いて懐から紹介状を出すと、首からぶら下げていた眼鏡を掛ける。その凛とした姿勢は、ただ手紙を読んでいるでけにも関わらず、気品さえ漂わせている。
「なるほど。貴方とそのお仲間が、クラーケンを討伐するために船を必要としている。そういうことなのですね」
シャルルが頷く。
「はい。必ずクラーケンを討ち取ってきます。ですから、どうか1隻。5日間だけ、お借りできないでしょうか?」




