オスティと伝説の海④
「海賊・・・」
ギルド職員の呟きを、シャルルが繰り返す。そして、そのままギルド職員に訊ねた。
「海賊などという者達が、本当にいるんですか?」
内陸育ちであるため、海賊という存在をシャルルは噂でしか聞いたことがなかった。しかも、まるで英雄譚のような話ばかりだった。
国に苦しめられている漁民のため、海軍相手に戦った義賊。或いは、人々を悩ませる海獣を倒した英雄だとか、そんな物語のような話しばかり。子供の頃ならばいざ知らず、そんな者達がいるはずがない―――今は、そう思っている。
「海賊ですか・・・確かに、この海のどこかに今もいます」
思いもよらない返事に、シャルルは思わず身を乗り出した。
「商船を襲って商品を略奪。夜陰に紛れて陸に上がり、略奪や人攫い。悪事の限りを尽くし、傍若無人に振舞う本物の悪党です。正直なところ、帝国の海軍は海賊に歯が立たず、傍観している有様です。クラーケンが討伐されれば確かに航路は確保できますが、結局、その何割かは海賊にやられてしまいます・・・」
「あ、あの・・・子供の頃に、海賊の英雄譚をたくさん聞かされたんですけど」
落胆した様子のシャルルに、ギルド職員は「ああ」と思い出したように頷いた。
「その海賊は、オルチ・バーゴですね」
「オルチ・バーゴ?」
シャルルが初めて耳にする名前だった。幼い頃に様々な話しを聞かされたが、その中にオルチ・バーゴという人物は出てこなかった。
「オルチ・バーゴは、今から約150年前に実在した海賊の名前です。現在では想像もできませんが、他国の海軍から漁民を護り、オスティ近辺に出没した海獣ケルピーを住民達のため、激闘の末に倒しました。謝礼も受け取らず立ち去った彼は、本物の英雄ですよ」
「へえ」
子供の頃の気持ちが蘇り、目を輝かせてシャルルが聞き入る。
「しかし、現在、そんな義賊のような海賊などいませんよ。だからこそ、伝説になり、このオスティに語り継がれているんです。海賊は悪です。間違っても、海賊などに協力を求めてはいけません。殺されてしまいますから」
ギルド職員の話しを聞いたシャルルは、ロビーの椅子に座って待っていたイリアの元に戻った。パテトは、未だ食い倒れ修行中だ。
「さて、どうしたものかな」
ギルド職員の話しが聞こえていたイリアは、顎に手をやって考える。
「とりあえず、この街の商人を当ってみますか?」
イリアの言葉に従い、シャルルは実際に船を持っている商人に同行を依頼することにした。仮に船を借りることができても、シャルル達に操船の能力は無い。
オスティに船を所持し、実際にギガンデル神国に航行している商社は5社ある。2社に関しては小規模な商社で、船を貸し出す余裕がない。しかも両者は、既に討伐隊として持ち船の半数を提供している。流石に、これ以上船を出して貰ったのでは、クラーケンを倒しても仕事が続けられない。
まず最初にシャルル達が向かったのは、オスティで一番大きく商いをしている商人の所だ。入り江に浮かんでいる巨大な商船の約半数は、この商会の所有物らしい。あれだけ船があるのであれば、1隻くらい貸してもらえるかも知れない。
しかし、シャルルの甘い期待は簡単に打ち砕かれてしまう。
その商社は、メインストリートの突き当たり、街の中心部に広大な港を所持していた。実質的には、この商会主がオスティのトップなのだろう。ギルドが面談の仲介をしてくれなければ、面談することさえできなかったに違いない。
海岸線に到着し、鉄製の柵で囲ってある場所を進んで行くと、柵の高さと同じ3メートル程の門があり、守衛が立っていた。
大柄な男性が鋼製のフルプレートの鎧を装着し、身の丈程の盾と鋼性の大剣を手にしている。その装備だけで、小さな家なら建ちそうだ。いや、そもそも、自分の敷地を全て鉄製の柵で囲うなど有り得ない。鉄は貴重な素材であり、かなり高価な物なのだ。
「ここがキヌイ商会で間違いないですか?」
守衛はシャルルを一瞥すると、高圧的な態度で歩み寄って来た。
「何だ?ここはキヌイ商会だ。小僧が来る場所ではない」
至近距離まで近寄って来た守衛は、シャルルを見下ろして威嚇する。しかし、シャルルは全く萎縮する様子も見せず、懐から手紙を取り出した。
「事前に連絡があったと思うんですけど、ギルドからの紹介で来たシャルル・マックールです。取り次いでもらいますか?」
ギルドからの手紙を渡すと、ようやく守衛の態度が穏やかになった。一応、話が通っているようだ。
「ああ、ご主人様から話は聞いている。クラーケンを討伐するために船を貸して欲しい。そういう者が来たら、貸すなどとは言わず無償で渡してやれ、と」
守衛がシャルルを先導し、海岸線に向かって歩き始める。門から埠頭までは、300メートル以上はありそうだ。




