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オスティと伝説の海③

 クラーケン―――それは、古来より海で最も恐れられる魔物の1つである。人間が大海に船出して以来、常にその行く手を阻んできた仇敵だ。これまで、数多の討伐隊が編成されてきたが、討ち取るどころか追い詰めた者すらいない。


 クラーケンは1ヶ所に留まっている魔物ではなく、時間が経過すると共に、どこか違う場所に移動する。通常であればその時を気長に待つのであるが、今回はどうも様子が違う。ギルドはギガンデル神国との航路に出没したクラーケンを、本気で討伐するために動いている。

 恐らく、出現した場所が悪いのだ。国家間の交易路に出没したため、商人達からの突き上げが厳しいのだろう。ギルドは商人などの依頼主によって、初めて収入を得ることができる。それ故に、クラーケン討伐の緊急クエストの発令に乗るほか無かったのだろう。


「参加するだけで金貨3枚。討伐すると金貨30枚。でも・・・」

 シャルルが口籠ると、それをイリアが補完した。

「3回目ということは、つまり2回は失敗したということになりますね」

「まあ、普通に考えて、いくら人数を揃えて行っても相手は海の魔物だし。それに、確かクラーケンって、30メートルくらいあるんだったよね?」

 話しを聞いていた受付の担当者が、シャルルの情報を訂正する。

「50メートルです」

「普通に全滅しそう・・・」

 シャルルの言葉に、イリアが瞑目した。


 とりあえず、ギガンデル神国に行く方法が無い以上、討伐隊の帰りを待つ外ない。もしかすると、クラーケンが油断して討伐隊が勝つかも知れない。それに、現地に行ってみると既にどこかに移動していた、などという奇跡が起きている可能性も無いとは言えない。


 仕方なくシャルル達は、オスティの街で休息することにした。考えてみれば、シャルルはラストダンジョンから走り詰めである。そろそろ、一度立ち止まった方が良いのかも知れない。


 それから4日の間、シャルルはブラブラと街の散策に、パテトは食い倒れ、イリアはテレス聖教の教会に出向いて過ごした。



 5日目の早朝、その一報はもたらされた。

 クラーケンを討伐するために、100人の冒険者達は20人ずつ5隻の船に乗って出撃。そして2日後、当初の予定通りクラーケンと遭遇した。しかし、討伐するどころか、海中から現れたクラーケンによる一撃で全滅。遠方から観察していたギルド職員だけが、這々の体でどうにか逃げ帰った―――と。


 緊急クエストの結果を確認するためにギルドを訪れたシャルルは、予想通りの結果を耳にして大きく溜め息を吐いた。一縷の望みを抱いていたが、やはりクラーケンを討伐することはできなかった。しかし、それが普通なのだ。数千年単位で生きている魔物が、何人集まろうとも一般の冒険者に討たれるはずがない。


 再び大きく溜め息を吐き、シャルルはギルドの受付カウンターに向かった。先日とは違い、今日は随分と空いている。

「あの、例の緊急クエストですけど、4回目があれば参加したいんですけど」

 不本意ではあるが、他の冒険者が当てにならないのであれば、自分で解決するしかない。


 ギルド職員はシャルルの申し出を受け、困ったように顔をしかめた。

「あの、一応、4回目の募集を予定はしているんですけど・・・」

 歯切れの悪い応対に、シャルルがその理由を察した。

「もしかして、船ですか?」

 シャルルの言葉に、ギルド職員が申し訳なさそうに頷いた。

「そうなんです。過去3回の討伐隊が全滅したことで、冒険者の問い合わせも減ってはいるのですが・・・一番の問題は船なんです。3回の出撃で小中の船を30隻ほど失いました。もう、船を出してくれる人がいないんです」


 確かに、短期間で30隻となると被害が大きい。当然のように、漁師は船を提供してくれるはずがないし、元々の依頼人である商人も出せる船は全て貸し出しただろう。


「オスティに造船所はありますが、今から造っていたのでは最低でも3ヶ月は必要になります。他所の街から船を呼んでも、やはり2ヶ月・・・」

 項垂れるギルド職員に、シャルルが訊ねる。

「1隻でも良いんです。誰か提供してくれる人はいませんか?」

「一応、声を掛けてはみますが、あまり期待はしないで下さい。勇者にでも依頼しないとクラーケンを倒せなことを、本当は皆分かっているんですよ」


 自分がその勇者である事を明かす訳にもいかず、シャルルは苦笑いした。



 夕刻、シャルルは結果を確認するために、再びギルドの受付を訊ねた。朝対応してくれたギルド職員が、申し訳なさそうに頭を下げる。

「やはり、船を出してくれる人は見付かりませんでした。申し訳ございません」

 確かに、船を持っている人からすれば、たった3人のパーティに提供しようとは思わないだろう。


 ギルド職員は溜め息を吐きながら、投げ遣りに呟いた。

「もう、船を持っているのは海賊くらいですね」


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