敗戦と滅亡①
「陛下。たった今、イスタグローグより急使が到着致しました」
玉座に座り、リリスから深紅の飲み物を受け取ったダムザに、侍従が報告を上げてきた。そのれを聞いたダムザは、肘掛に身体を預け内容を確認する。
「うむ、聞こう」
ダムザの了承を得た侍従が、急使を謁見の間に通す。急使は顔を伏せたままで入室し、その場で片膝を突いた。
「トラトス王国3千、エルトリア共和国3千、合計6千人の軍勢は、大船団を形成しラナク海峡を渡り進軍致しました」
「ほう。それで、アルムス帝国の拠点の1つでも落としたのか?」
悠然と耳を傾けるダムザの口元には、微かに笑みが浮かんでいる。その笑みが、一体何に対してなのかは分からない。
急使は下げていた頭を更に低くし、床に擦り付けるようにして言葉を紡いでいく。
「そ、それが・・・ラナク海峡を渡ったものの、対岸に陣を取っていた敵軍に遭遇し、我が軍は敗走致しました」
敗報を聞いても、ダムザの表情は変わらない。
「ふむ。敵は相当な兵力を用意して待ち構えていたのか?」
「いえ、敵の兵力は1500程度であったと・・・」
「何だと?」
ここで、初めてダムザの表情が変わる。この内容は、流石に想定外だったのだろう。
「よし、下がれ」
「はっ」
一度も顔を上げぬまま急使は部屋を後にし、侍従も一緒に退室していった。
「リリスよ」
「はい、陛下」
「アルムス帝国には戦略に長けた者がいるようだ。まあ、叩き潰すだけなど退屈なだけだからな。少しでも抵抗してくれた方が、楽しめるというものではある。とはいえ、我が国の威信に関わる問題だ。軍船の製造を急がせろ」
「畏まりました。大型船30、中型船100、戦船300隻を造らせております。既に3分の1程度は完成していますが、更に人員を増やしましょう」
そこで、リリスが穏やかな笑顔を見せる。
「トラトス王国とエルトリア共和国には、誰を向かわせましょうか?」
ダムザは手にしていたグラスを一気に呷り、先程と同じ笑みを浮かべた。
「トラトス王国には、アニノート王国で獣人のゲリラ活動を鎮圧しているガザドランを向かわせろ。エルトリア共和国には―――」
ダムザがそこまで口にしたところで、玉座の間に女性の声が響いた。
「私が参りましょう。国を完全に消滅させ、住民を奴隷として連れ帰れば良いのでしょう?」
そこに姿を見せたのはコルド・マーマイイ、エルフの戦士だった。
コルド・マーマイイは、勇者パーティの1人である。
青い髪に真っ白な肌。少し細めの瞳は透き通った緑色。スレンダーな体型に長い手足、それに整った顔立ちが、いかにもエルフといった雰囲気を醸し出している。それは普段から人間を見下している態度から、そう感じるだけなのかも知れない。
勇者パーティとしての役割は弓による狙撃であったが、得意分野はエルフ特有の魔力量を活かした魔法による範囲攻撃だ。
謁見の間に現われたコルドを見たダムザは、即座に承諾した。ダムザとしては、目的さえ果たしてくれれば誰でも構わなかったのだ。
「よし、エルトリア共和国はコルドに任せよう。すぐに発て」
それを聞いたコルドは、あからさまに不機嫌そうな表情で頷く。未だにダムザを人間だと思い込んでいるため、命令されたことが気に入らなかったのだ。
「10日以内には、奴隷の行列と共に戻ってくるわ」
そう宣言して、コルドは謁見の間を後にした。
ダムザに命令されたコルドは、イライラとしながら外へと続く真っ赤な絨毯の上を歩く。本当は、勇者パーティに加入することさえ、納得していなかった。それなのに、現在はユーグロード王国の国王に就任したダムザの部下として扱われているのからだ。
勇者パーティが解散した時に、ユーグロード王国から去ることはできた。しかし、それをしてしまうと、本来の目的を果たせなくなってしまう。
本来の目的―――それは、ムーランド大陸の北部にある小国、マイントヘイムの宿願を果たすことだ。
マイントヘイムは、ユーグロード王国の王都であるパノマから北へ向かった場所。ちょうど、パノマと妖精国ティラとの中間に位置している深緑の森に在る、エルフの自治領である。本来は独立国家であったが、3百年ほど前にユーグロード王国に併呑され、自治領として扱われるようになった。
2千年以上前に、ユラントヘイムのハイエルフに離反したエルフ達が建てた国、それがマイントヘイムなのだ。マイントヘイムの宿願、それは―――「自分達がハイエルフよりも優れていることを証明する」ことだ。そのためには、最後のハイエルフを自らの手で討ち、下等な人間に協力してでも世界の覇者とならなければならない。
元エルフの国マイントヘイム。その正統なる王の血筋であるコルドは、深緑の森から呼び寄せた10人余りのエルフ達と共に、エルトリア共和国に向けて出発した。




