魔王との再戦⑨
「その時の人間達が、自分達はコソコソと隠れておったにも関わらず、悪魔達がいなくなった途端に我がもの顔で地上を闊歩し始めたのじゃ。自分勝手で、厚顔無恥とは人間のことを言うのじゃ。強敵からは逃げ回り、凶事は全て他人のせい。自分より弱い者を見付けては蔑み、欲しい物があれば奪う。殺し合い、騙し合い、生命を軽んじる・・・・・・ワシは、もうほとほと嫌になった。それで、シャンテリー山脈を結界で覆い、人間世界と完全に隔絶したのじゃ」
「じゃあ、この結界は・・・」
シャルルの問いにイルミンが頷く。
「流石にワシも、これだけの結界を張れば力を使い果たす。ワシは世界樹の天辺にある庵に身を隠し、力の回復を図ることにしたのじゃ。ただ、ワシが姿を見せないとエルフ達が不安がるのでな。仕方なく1人のエルフの魔法で外見を似せ、ワシの代役をやらせておった。だが、何を勘違いしたのか・・・」
イルミンが大きく溜め息を吐く。
「ともかく、じゃ。そなた達に世話になったことは間違いない。何か礼をしたいのじゃが、何か望みはあるかや?」
イルミンの申し出に、シャルルは先程耳にしたスキルを頭に浮かべた。世界記憶にアクセスするスキルがあれば、この世界に起きた全てのことが分かる。
「あ、あの、抱き締めさせてもらっても良いですか?」
シャルルがそう口にした瞬間、隣にいたパテトの肘が鳩尾に食い込む。同時に、反対側にいたイリアの手が背中に触れ、瞬時に電撃が身体を駆け抜けた。
口から胃袋と白煙を出しながら、シャルルが2人に弁明する。
「い、いや、だから、スキルを・・・」
「いや、分かるけど・・・でも、分からない」
「何となく、イライラしますよね」
パテトとイリアが、シャルルを挟んで頷く。その様子を見てシャルルは頭を傾げた。
肝心のイルミンは、シャルルの申し出を受けて固まっていた。
「えっと・・・抱き締める?ワシは1万年以上生きているが、今まで異性に抱き締められたことなどない。流石にそれはチョットな、えっと、考えさせてくれ。いや、心の準備をさせてもらいたい!!・・・2千年ほど」
「2千年って・・・」
どうしても世界記憶にアクセスするスキルが欲しいという訳ではないため、シャルルは謝礼を保留した。何か、もっと他に必要なものがあるかも知れない。
顛末を話し終えたシャルルが立ち去ろうとした時、不意にイルミンが訊ねた。
「して、そなた達は、これからどこに向かうのじゃ?」
「とりあえず北に。まだ行っていない場所に、まだ知らないことを探しに」
「ふむ。では、当然、最果ての地ヤクモにも行くのじゃな?」
「ヤクモ・・・」
その名前を耳にしたシャルルの表情が険しくなる。
ヤクモは、闇ギルドであるデスマの本拠地だ。しかもデスマが、国営のギルドである可能性がある。本当にそうであるならば、ラスカの瞳による窃盗事件、今回の死天王による襲撃、その全てがヤクモが主体となって行われた国家的な犯罪ということだ。
現状その意図は不明ではあるが、ヤクモにはジアンダの鎚を始め、光の護符も強奪されたままだ。何としても、取り戻さなければならない。
「ヤクモの死天王に、大切な物を奪われたままです。それは、必ず取り返さなければなりません。今からすぐに、という訳にはいきませんが・・・招待も受けたことですし、近い将来必ずヤクモには行きます」
「うむ、分かった」
シャルルの意思を確認し、イリミンは大きく頷く。そして、同時に片手を伸ばすと、虚空から1体の人形を取り出した。
「これを、そなた達の旅に連れて行ってもらいたい」
そう言って、その人形をシャルルに手渡した。
長さ30センチ程の人形。素材は布のようには見えるが、実際には何の生地なのか分からない。全身は黄緑色で、光沢がある濃い緑のドレスに緑色の髪を垂らしている。
それを眺めているうちに、シャルルが気付いた。
「これは、もしかしてイルミンの人形?」
それを耳にしたイルミンが目を細めた。
「ほう・・・確かに、それはワシの人形じゃ。不出来とはいえ、連れ去られた者を助けねばならない。だが、ワシはこの地を離れる訳にはいかぬ。そこで、代わりに人形を持って行って欲しいという訳じゃ」
「分かった」
何に対して承諾の意思表示をしたのかは分からないが、シャルルはイルミンの申し出を了承した。
人形を受け取ったシャルルはイルミンとの再会を約束し、ユラントヘイムを後にした。
ユラントヘイムから北へと通じる道は存在しないため、シャルル達は再びカラルまで戻らなければならかった。
イルミンの説明によると、「まず、カラルから東へと進み、海岸に面したオスティという名の港湾都市を目指す。そして、そこから海路でシャンテリー山脈を迂回してギガンデル神国に入る」という、道順こなるようだ。土地勘もないシャルル達は、大人しくイルミンの言葉に従うことにした。




