魔王との再戦⑧
黒いローブを纏い、フードを目深に被った人物は、声の質から男であることは分かる。しかし、それ以上の情報は全く掴めない。そもそも、ハイエルフを捕らえて、一体どうしようというのだろうか。
「あんた、何者!?」
巨人の肩に乗る男に向かって、パテトが叫ぶ。いくら問い質したところで、それに答えるはずがない。
「私は、神の国ヤクモ、死天王が1人グルモ・オカティ!!」
見上げる全ての人達が言葉を失う。名乗りさえ上げなければ、何もかもが闇の中だったのに・・・
しかし、パテトはただ1人、全く違う反応を示す。
「一体何が目的で、ハイエルフを連れ去るのよ!?」
今度こそ、誰もが答えないと、そう確信した。しかし―――
「ハイエルフが必要な訳ではない。我らは膨大な魔力が必要なのだ!!」
「「「「「え―――!!」」」」」
あっさりと答えるグルモ。流石に、パテトを除く全員が絶叫した。
目的が分かったところで、この状況を打開する方法はない。何かしらの攻撃をした瞬間、シャルルはともかく、エルフ達は踏み潰されてしまうだろう。どうすることもできず、全員が見上げる中でグルモが動きを見せた。
「少し喋り過ぎてしまったが、そろそろ行くとしよう。世界樹の杖が欲しかっただけだが、このエルフもついでに頂いていこう」
そう宣言すると、詳細に渡って説明したグルモは、グリフォンの背に飛び乗った。
「勇者よ、我等を止めたくばヤクモまで来るが良い!!」
シャルルはパテトの真似をして、核心を突く質問をしてみた。
「お前達は、一体何を企んでいるんだ!?」
「それは勿論、だ―――それは言えん。それでは、サラバだ!!」
グルモは世界樹の杖を握り締めるイルミンを抱え、グリフォンの背に乗って飛び去った。その姿が見えなくなると同時に、巨人の姿が一瞬にして消えた。
「行ってしまったのう」
「うん」
「まあ、仕方ないのう。ワシの代理を任せたにも関わらず、やりたい放題じゃったしの」
「―――え?」
シャルルが慌てて振り返ると、そこにはあの幼いエルフが立っていた。
「ワシが本物のハイエルフ、イルミンじゃ。最後のハイエルフじゃしの、影法師を立てておったのじゃ。あやつが調子に乗って好き勝手したせいで・・・困ったものじゃな」
幼いエルフが指をパチンと鳴らすと、その姿が先程連れ去られたエルフそっくりになる。輝く緑の髪に白磁の様な肌。透き通ったエメラルドの瞳が、シャルルを見詰める。
「本物」だと名乗ったイルミンは、偽者が座っていた椅子に座った。
天井に大きな穴、床にも巨大な足跡が残っているが、全く意に介してないようである。
「ふむ、先に直しておくかの」
そう言ってイルミンが右手を翳すと、壊れた屋根と床が、見る間に修復されていった。シャルルの復元と同じ効果ではあるが、無詠唱の上に魔法名さえも発していない。
目の前で起きたことに唖然としていると、イルミンが口を開いた。
「当代の勇者よ、何かと迷惑を掛けてすまなかったのう。少し、ワシの事情を話すとしよう」
冷静に考えてみれば、おかしなことばかりだった。まだ幼いエルフが最前線に現われるとか、秘薬を持って来るとか通常では有り得ない。
「先に言っておくが、ワシは人間界のことには全く興味がない。干渉するつもりもなければ、協力するつもりもない。すまんの」
偽者も言っていたが、元来エルフは人間とは距離を置く存在であり、世界樹を維持、守護する任務を神から与えられている。魔王の出現についても、世界樹に影響がなければ無視すると言っているのだ。
「それは分かりましたけど、どうして影法師などを?」
シャルルの問いに、溜め息を吐きながらイルミンが答える。
「これは人間が知るべきことではないが、迷惑料として教えてやろう。
ハイエルフは、エルフの中でも特殊な存在じゃ。永遠に誓い寿命を持ち、世界の何よりも膨大な魔力を持つ、世界樹の最終防御戦力じゃ。しかし、ある重大な問題がある。ハイエルフは長命故に、記憶の管理が困難になるのじゃ。だからワシは、世界記憶にアクセスするスキルを持っている。この世が誕生して以来の歴史を見ることができる存在なのじゃ」
イルミンはシャルルと視線を合わせ、問い掛けるように続ける。
「この世界には、数千年に1度の割合で魔界に通じる穴が開く。その時、そこから大悪魔に率いられた魔界の軍団が押し寄せて来る。この悪魔の軍勢と、この世界の軍勢が決戦することを最終戦争と呼ぶのじゃ」
イルミンの説明を聞き、ノームの話を思い出したシャルルが頷く。シャルルが知っているとは思っていなかったのか、驚いて「ほう」呟いた。
「前回は1200年前、その前が3000年前、太古の昔から何度も繰り返されてきたのじゃ。それらの戦いで大悪魔と戦ったのが、ワシらエルフなのじゃ。世界樹を守護する責務を果たすため、ワシらは最前線で戦った。そして、9人いたハイエルフのうち、8人までもを失なったのじゃ」
イルミンが、そっと目を伏せた。




