魔王との再戦⑦
「西?」
ベリアムから分離し、飛び去った呪詛の元になっていた瘴気。その行方を見極めようとしていたシャルルがポツリと呟く。
もし、呪いをかけた相手が死んでいれば、呪詛は消滅し、瘴気は天に昇ったはずだ。しかし、瘴気は西に向かって飛び去った。その呪いをかけた相手に戻ったのだ。つまり、ベリアムが会った何者かが、今も生きているということを意味している。
「シャルル、それで、どうするの?」
西を向いたまま動かないシャルルに、パテトが訊ねた。目の前でヨハネスクに抱き締められるベリアムを、どうすれば良いのか判断できないようだ。それはイリアも同じらしく、1人と1匹を見詰めて固まっている。
「どうもしないよ。もう、ベリアムはただのスライムだし。それに、僕は魔王を討伐しようとしている訳ではないよ。大切な人達を護るために、仕方がなく魔王と戦っているだけだ」
「はあ?」
「まあ、そういうことにしておきましょう」
「いや、本当だって!!」
シャルルは自分の発言を必死で肯定しようとするが、2人は苦笑いを浮かべるだけだ。本当のことを口にしているにも関わらず、どうしてそんな反応になるのかシャルルは首を傾げた。
様子を窺っていたカラルの人々が、広場に集まって来た。1200年前に石にされ、ようやく元に戻ったヨハネスクと、元魔王のスライムを取り囲む。これ以上の介入は、部外者であるシャルル達がするべきではない。罪に問おうが、逆に罵られようが、それは当事者の問題だ。
シャルルは後から現われた現領主にエルフの秘薬を渡すと、その場を去った。
―――でも、願わくば、人間に誠意と正義があると信じたい。
「さて、もう一度、エルフの隠れ里に行きますか」
街外れまで移動したシャルルは、周囲に人がいないことを確認すると、2人の手を掴んで転移する。この問題は、まだ終わってはいない。
最終的にベリアムと戦った場所である世界樹の目の前に、シャルル達は移動した。シャルルは平然としていたが、まだ慣れないのかパテトとイリアは足元がフラフラとしている。
「吐きそう」
「わ、私は平気ですけどね。本当に・・・うっ」
まるでシャルル達が戻って来ることが分かっていたかのように、あの幼いエルフが現われた。
「ハイエルフのイルミン様が、お兄さん達を呼んで来いって。一緒に来てくれる?」
幼いエルフの言葉に、シャルルが頷いた。
「分かった。行こう」
シャルル達は幼いエルフに従い、ハイエルフであるイルミンの元へと向かった。イルミンは転移扉の先にある特殊な場所ではなく、森にある屋敷に居た。ベリアムの脅威が去ったため、隠れておく必要がなくなったのだろう。
イルミンは数段高い場所からシャルル達を見るなり、いつも通り鷹揚な態度で声を掛けた。
「人間よ、大儀であった。世界樹に巣食う魔物を退治したことを嬉しく思うぞ」
その態度にパテトが飛び掛かろうとするが、シャルルがそれを制する。
「人間にしては、よく働いてくれた。もう、お前達に用は無い。早々に立ち去るが良い。無断で我が国に侵入したことは、これで無かったことにしてやろう」
今度は、温厚なイリアが杓杖を握り締める。それを目にしたイルミンが、傍らに置いていた木の杖を手にした。
「まさか、ワシと一戦交えようと言うのか?」
イルミンが手にしている杖は、明らかに異常だった。魔力が可視化できるレベルで噴き出している。恐らく、世界樹の枝からできた杖だろう。
世界樹はただ単に巨大であるだけではなく、その内部に魔力を蓄え、その魔力に護られた存在である。魔王状態のベリアムでさえ傷付けることすらできず、傍らから魔力を吸い取ることしかできなかった。
しかし、葉は年に数枚。枝は数年、いや数十年に1本の割合で落ちてくる。その枝を利用して作成された杖には膨大な魔力が宿り、持つ者の魔力を高める効果があると言われている。
異常な魔力の高まりを見せるイルミンに、周囲の空気がビリビリと音を鳴らす。
その時だった。
何の前触れも無く、空から巨大な足が降ってきた。その足は屋敷の屋根を破壊し、イルミンとシャルル達の間に轟音を響かせて突き刺さった。
「巨人?山の巨人か!?」
シャルルが見上げる先に、身長が30メートルはあろうかという巨人が聳え立っていた。巨人族はあくまでも伝説の存在であり、本物に遭遇した者などいない。それが突然、目の前に姿を現わしたのだ。
シャルルを含め、その場にいる全ての者達が混乱した。そんな中、巨人はその巨大な手でイルミンを掴み、目の前まで持ち上げる。すると次の瞬間、今度はグリフォンが突然現われた。
その時になり、ようやくシャルルが気が付いた。
「そうか!!召喚魔法―――」
グリフォンは、巨人が持ち上げたイルミンを両足で掴む。同時に、巨人の肩に人影が現われて、シャルルに向かって叫んだ。
「ハハハハハハハ!!よくぞ、我が術を見破った!!」




