魔王との再戦⑥
「え・・・」
「何が、どうなってるの?」
困惑するパテトとイリアに、シャルルが説明する。
「見てのままだよ。1200年前、ゴルゴーン三姉妹はエルフが造った通路に住み着き、そこを通行する人間やエルフを襲っては石に変えていたんだ。だから、初代領主はノームに会い、通路に入るための護符を受け取って討伐に向かった。でも、普通の人間が、3人揃ったゴルゴーン姉妹に勝てるはずがない。そこで、エルフに協力を求めた。エルフは人間に関わりたくはなかった。だけど、プライドが高いエルフは、自分達のすぐ傍にゴルゴーンが巣食っていることも許せなかったんだ。だから、仕方なく人間に協力した。ただし、その後で人間が入り込まないように通路を封印したけどね」
「それは分かるけど・・・」
パテトの疑問に、一度頷いたシャルルが応える。
「石化された人達の中に、ベリアムを残して旅立ったヨハネスクさんも含まれていたんだよ。だから、約束の場所に帰って来れなかった」
シャルルの説明を聞き、全員がヨハネスクの様子を窺う。
「その通りだ。風の噂で、カラルの北にエルフの隠し通路があると聞いたんだ。だから、新たなな販路を求めて、その通路を探しに行った。そこで、メデューサに遭遇したのさ。目が合った瞬間、石にされてしまってね・・・」
「これは推測でしかないけど・・・ヨハネスクさんは、他の人達が石化から解除された後に発見されたんだと思うよ。もうその時には、秘薬も尽きていたんだと思う。どうすることもできないけれど、放置しておく訳にもいかない。そこで街に持ち帰り、シンボルとして飾った。そうとは知らず、ベリアムは自分の石像の代わりに、ずっとヨハネスクさんの隣にいたんだ」
「どうして、分かったの?」
パテトの疑問はもっともだ。しかし、それにもシャルルは淡々と応える。
「いや、初めて見た時に、凄いなと思って近寄って確認していたんだよ。髪の毛の1本1本、睫毛の1本1本まで彫れる職人がいると思えなくて、それで気になっていたんだ」
「それじゃあ、ずっと、我は・・・僕は、ヨハネスクと一緒にいたってこと?」
ベリアムがヨハネスクを見上げ、フルフルと震えながら訊ねる。それに、ヨハネスクが笑顔で答えた。
「そういうことになるね。あれから何年経ったのか分からないけど、ずっと一緒だったってことだよ」
「1200年・・・・・・」
「ん?」
「1200年の間。ずっと、一人ぼっちで、ヨハネスクに裏切られたと思って生きていた」
「そうか・・・ごめん、な」
ヨハネスクが項垂れてベリアムを見る。
「僕は、僕は、裏切られたと思って・・・人間なんか滅びてしまえば良いと、僕は、僕は!!
怨んで、怨んで、怨んで、憎んで、誰も信じないと、ヨハネスクを許せないと、僕を一人ぼっちにしたヨハネスクを、僕を置き去りにした、僕を―――
だから、僕は、どうしようもない僕は、ヨハネスクを信じ切れなかった僕は、魔王になって、人間を苦しめて、多くの人々を・・・優しくしてくれた人達も、僕は、僕は何てことを・・・・・・ああ、僕は―――」
「分かった」
フルフルと震えるベリアムを、膝を突いてヨハネスクが抱き締めた。
「分かった。それでも僕は、ベリアムの傍にいよう。世界に、迷惑を掛けた人達に、失った命に、一緒に謝罪をしよう。許して貰えなくても、一緒に償いをしよう。もし、この命が必要ならば差し出そう。ベリアムの罪は僕の罪だ。ベリアム1人に背負わせやしない」
ベリアムはヨハネスクの腕の中で、小刻みに震える。
ベリアムに罪が無いとは言わない。
でも、ベリアムを追い詰めたのは人間だ。
人間の欲望が、人間の猜疑心が、純粋な心を濁らせた。
ベリアムの罪は、人間の咎だ。
ベリアムの棘は、人間の業だ。
共に、裁かれるべきである。
共に、罰を負うべきである。
「1200年前、誰かに会ったんじゃないのかい?」
唐突なシャルルの問いに、止まっていた時が動き始める。それは、シャルルがずっと感じていたことだ。そして、それは魔王の存在に関わる根本的な疑問でもある。
その問いに、ベリアムが今思い出したように答えた。
「・・・・・・会ったよ。僕が街の外に捨てられた時、1人の人間が現われて言ったんだ。
その怨みを晴らす為に、力を貸そう。この力で、人間に復讐し、人間を皆殺しにしてしまえば良い―――と。気が付いた時には、僕はもう魔王になっていたんだ」
「それは、誰?」
ベリアムはプルプルと揺れる。
「分からない」
エルダーリッチにされたクライツと全く同じだ。そうであれば、ベリアムにもきっと・・・
シャルルはベリアムに手を翳し、その呪縛を解き放つ。
「―――解呪」
その瞬間、ベリアムの身体から真っ黒な瘴気が渦を巻きながら立ち昇った。そして、その瘴気は上空で集束して巨大な黒い球体に変化する。直後、その球体は猛烈な速度で西の方角へと飛び去った。




