魔王との再戦⑤
シャルルは中央広場に飛び込むと、その場で立ち止まった。追って来た2人も到着し、シャルルの背中に問い掛けた。現在、石化された人々は、領主の屋敷に移されているはずだ。
「ここ?中央広場だけど・・・」
「領主様の屋敷は、あちらの方角かと」
しかし、2人の疑問を無視し、シャルルが中心にある石像に歩み寄って行く。そして、この街の、商人達のシンボルの前で語り掛けた。
「魔王ベリアム。お前が本体だろう」
シャルルの言葉に、パテトもイリアも目を見開く。
「これほど安全な場所など、世界中探してもどこにもない。歴代の勇者達も気付かなかっただろう」
スライムの石像は沈黙したままだ。傍から見ると、シャルルが寂しさの余り、石像に話し掛けているようにしか見えない。
「分かったよ。じゃあ、このまま消えてくれ―――雷撃のあ・・・」
「よ、よくぞ見破った、勇者よ!!」
突然、石像であるはずのスライムが、跳び上がってシャルルから距離を取った。全身から嫌な汗を噴き出し、小刻みに震えている。よほど怖かったのだろう。
「ええ―――!!」
「え、ホントに!?」
パテトが大きな口を開けて固まり、その横でイリアが同じ姿勢ながらも、辛うじて手で口を押さえている。
「なぜ、分かった?」
完全に水色のスライムになっているベリアムが、シャルルに訊ねた。
「風牢の結界に捕まり、今から完全に消滅させられるというのに冷静過ぎたから、どこかに本体がいるのかも知れないって思ったのさ。それに、ずっと考えていたんだよ。お前の正体が一体何なのかって、ね」
「正体」という単語に、ベリアムが激しく反応する。
「な、何を言っている。正体など、あるはずがない!!我は、魔王。人間を滅ぼすために生まれた魔王である!!」
シャルルは失笑し、ベリアムに真実を突き付ける。
「魔王ベリアム。お前は、この街のシンボルとして石像にまでされている、あのスライムだろう?」
「な、な、な、な・・・」
言葉を失い、ゼリー状の身体を震わせるベリアム。しかし、諦めたのか、シャルルの推測を認めた。
「・・・確かに我は、ここで石像として置かれていたスライムだ。この場所に置き去りにされたスライムだ。領主に騙され、危うく殺されそうになったスライムだ。そして、人間を根絶やしにし、この世界から完全に抹殺するためだけに生きる、魔王ベリアムだ!!」
ベリアムはそう言い放つと、石像の台座に跳び乗った。
「何が悪い?
人間を滅ぼして、一体何が悪いというのだ!!
我は、この場でヨハネスクを待った。必ず帰って来るという約束を交わし、この場所で待ち続けた。最初は好意的だった人間も、時間の経過と共に我を嫌悪するようになっていった。食べ物を譲ってくれていた人間は、石を投げ付け、口汚く罵倒するようになった。所詮は魔物。いくら大人しくしていようとも、人間の敵なのだよ。それでも、待った。約束したのだ。必ず帰って来るから、ここで待っていてくれ、と。我は信じていたのだよ。どんなに虐げられようとも、ヨハネスクを、人間を―――!!」
ベリアムはヨハネスクの石像を見上げ、ほんの一瞬だけ哀しそうな表情をした後、憎悪に満ちた目で睨み付けた。
「人間など、信じなければ良かったのだ。
ある日、ヨハネスクが待っている、と告げられ、我はその者について行った。そこは領主の屋敷であった。しかし、そこにヨハネスクはおらず、いつの間にか周囲を百人以上の武装した兵士に囲まれていたのだ!!領主は、我が邪魔だったのだろう。自分の領地に、魔物が住み着いているなど、我慢できなかったのだ。自分の利益だけを考え、我を排除しようとしたのだ。我は散々痛めつけられ、ボロボロにされた後で・・・街の外に捨てられた」
ベリアムの声だけが、広場に響く。いつの間にか、窓や建物の陰に人々が集まっていた。
「憎んだ・・・我を散々痛め付けた人間を。
怨んだ・・・我を裏切った人間を。
悔やんだ・・・人間を信じた事を。
人間を滅ぼす理由が、これ以上あるというのか!!
簡単に裏切り、騙し、自分達の都合だけを考える人間に生きる価値などない!!
そもそも、ヨハネスクが、ヨハネスクが・・・あれほど信じていたというのに。なぜ、我を裏切った。なぜ帰って来なかったのだ!!我は、それだけで―――」
「それは、違う」
絶叫するベリアムに対し、シャルルがそれを否定した。そして、ゆっくりと歩き始める。ベリアムの直ぐ前まで近付いたシャルルが、アイテムボックスからビンを取り出した。
「ここに、いる」
ベリアムの目の前にある石像に、シャルルが秘薬を垂らした。石像は秘薬が落ちた箇所から見る間に変化し、瑞々しい色を取り戻していく。そして、その石像は人間に戻り口を開いた。
「ただいま、ベリアム」




