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国境の町 イグスタルーグ⑤

「皆様、お疲れ様です。後ほど、特別ボーナスを支給いたしますわ」

 マリアの言葉に、5人の男達が頭を下げる。その様子を見て、シャルルは状況を把握した。

 彼等は終始付き従っている、ダリルとは別の護衛専属の者達だ。付かず離れず、常にマリアを護衛していたのだろう。間違いなく彼等はダリルと同等か、それ以上の実力者達だ。


「大丈夫でしたか?」

 ダリルの治療を彼等に任せ、マリアがシャルルに声を掛ける。

「はい、皆様のお陰で全く問題はありませんでした」

 シャルルが笑顔で答えると、マリアは安堵の表情を見せた。巻き込んでしまったことに、恐縮している様子だ。ただ成り行きを眺めていただけのシャルルは、逆に申し訳なく思った。


「それはそうと、あの人達は一体何者ですか?かなり強そうに見えるますけど」

 一瞬逡巡たものの、すぐに問題ないと判断したのか、マリアはシャルルに彼等の正体を教えた。

「私が契約している護衛の方々です。本来は冒険者で、現在最もAランクに近いと言われているパーティ、赤狼の皆様ですわ」

「そうなんですか・・・」


 冒険者とは、冒険者ギルドに所属する者達のことだ。一般的には、ギルドに依頼されるクエストをこなして収入を得ているが、魔物の討伐、遺跡の発掘、未踏領域の探索など様々なことも行っている。

 冒険者はギルドの査定によりランク付けがされていて、それによって信用度、依頼難度、依頼料金も極端に違う。高ランクにもなれば、依頼料が金貨1000枚を超えることもあるのだ。新人はFランクからスタートし、最高ランクのSランクを目指す。

 Fは新人、Eが見習い、C、Dが一般。Bになると、ようやく一流の冒険者と呼ばれる様になる。しかし、Bランクまでの道のりは長く、ここまで上れるのは全体の約1割。Aともなれば、もっと少ない。最高ランクのSともなれば現状3パーティしか認められていない。


 マリアの説明が事実であれば、疑問が湧いてくる。Bランクのパーティに依頼するとなれば、かなりの契約料と成功報酬が必要になるからだ。商人が護衛として雇うには、余りに過剰な戦力に思える。マリアには、何か口に出せない理由があるのではなかろうか。


 緩慢な空気が漂う中、突然シャルルが素早く振り向いた。殺気を感じ取ったのは、シャルルだけではない。赤狼のメンバーとダリルも、メインストリートの方向を臨戦態勢で睨み付けている。

 その視線の先には、いつの間にか何者かが立っていた。

 人影は20メートルほど離れた位置までゆっくりと近付き、その場で立ち止まった。


 大きめのズボンにTシャツという場違いな姿の男は、一見その辺りに歩いている若者と大差がない。しかし、先ほど襲撃してきたデスリー商会の男達とは、比較にならないほどの強者だ。これだけ距離が離れているにも関わらず、突き刺すような殺気が、ビシビシとシャルルに叩き付けられている。


「あれは、牙鼠キバネズミの刺青・・・もしかして、ヤツはデスマのアサシンか!?」

 シャルルの近くにいた赤狼のメンバーが、呻くように呟いた。

 確かに、対峙する男の上腕部には、牙を剥いた鼠の刺青が彫られている。


 牙鼠とは、下水道などの暗闇に生息する巨大鼠であり、人間やゴブリン程度であれば食料にしてしまうほどの凶悪な野獣だ。その風貌と習性から嫌悪され、冒険者ギルドには頻繁に駆除依頼が出される。


「デスマ、とは何ですか?」

 シャルルが突然質問したにも関わらず、赤狼のメンバーは丁寧に説明する。

「デスマは、裏社会を支配する闇ギルドだ。そして、デスリー商会はヤツラの末端組織で、主に密輸や密売を請け負う正真正銘の悪党さ」

「ということは、末端組織の後始末に、本部からアサシンが送り込まれた―――という訳ですね?」

 赤狼のメンバーは男から一瞬たりとも視線を外さず、頷くことでシャルルに意志表示した。


「俺達はさあ、舐められたら商売にならないんだよ」

 男がそう口にすると同時に、目の前の空気がキラキラと輝いた。そして次の瞬間、最前列で剣を構えていた赤狼メンバーの首が地面に転がった。


 赤狼のメンバー達には、一体何が起きたのか分からなかった。赤狼はBクラスのメンバー5人で構成されたパーティである。しかも、ギリギリではなく、限りなくAクラスに近いBクラスなのだ。そのメンバーが瞬殺されるなど、通常では有り得ない。


 相手のレベルを瞬時に理解した赤狼のメンバーは仲間の死を悼むこともせず、扇状に陣形を組んだ。素早く対応した赤狼は、流石にBクラスパーティである。そもそもBクラスパーティは、装備さえ十分であればドラゴンでさえも討伐できるレベルだ。


 しかし、今回は相手が悪過ぎた。


 男はいつの間にか手にしていたナイフを、一番端の赤狼メンバーに投擲。そして同時に瞬動と呼ばれる足捌きで、反対側の赤狼メンバーに迫った。目にも止まらぬ移動速度に、赤狼メンバーは男を見失う。その僅かな隙をつき、男の手にしていたナイフが赤狼メンバーの首筋を切り裂いた。


 飛び散る血飛沫ちしぶき。噴水のように噴き出す鮮血が視界を塞ぎ、その隣にいた赤狼メンバーが再び男を見失う。今度は、下だった。姿勢を低くして瞬発力を溜め込んだ男が、深紅に染まるナイフを片手に跳び上がる。腹部から頭の天辺に向け、真っ赤な筋が浮き上がった。


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