魔王との再戦①
外が明るくなり始め、朝の訪れを知らせる。
本来であれば小鳥などの囀りも聞こえるのだろうが、生物の気配すらない。恐らくこれは、世界樹から発せられるている凄まじい魔力のせいだろう。
この徐々に高まる魔力にシャルルは心当たりがあった。ラストダンジョンで戦った、あのベリアムの魔力に酷似しているのだ。いや、似ているというレベルではなく、全く同じ魔力だと断言できた。つまり、世界樹に巣食っている魔物は、魔王ベリアムということになる。
シャルルはパテトとイリアを伴い、拠点となる建物を後にした。目指すは世界樹、魔王の元である。
ベリアムは元々スライムであったため、分体のスキルを有している。それ故に、全ての細胞を消滅させない限り何度でも復活する。しかも、全ての物理攻撃を軽減してしまう。
「1回戦ったんでしょ。どんな感じだったの?」
パテトに訊ねられ、世界樹に向かいながら、シャルルはラストダンジョンで戦ったベリアムを思い出す。
「うん・・・ローブを纏った、蛙顔の人間?そんなイメージかな」
「何だか、全くイメージが湧きませんね。それだと、スライムには思えませんし」
イリアの指摘に、シャルルは腕組みをして必死に思い出そうとする。しかし、言った言葉に嘘は無いとしか言いようがなかった。
シャルルが回答に困っているうちに、目的地が近付いてきた。高濃度の魔力に当てられ、草木が死滅しかけている。そろそろ、その原因になっている場所に到着するはずだ。
シャルルは逸る気持ちを抑え、まるで罠のように点在する木の根を避けながら奥へと進む。やがて、行く手を阻むように茂っていた草木が無くなり、視界が一気に開けた。
そこにあったもの、それは巨大な木を支える幹だった。いや、幹というよりは、山と表現した方が的確かも知れない。左右に幹の終わりは見えず、天辺もどこにあるのか全く分からなかった。何も知らなければ、これを木だとは思わないだろう。
「あれだな」
「間違いない」「はい、間違いなく」
シャルルの呟きに、2人の声が重なる。
シャルルが説明をした通り、蛙のような顔をした魔物が、世界樹を背にして蹲っていた。魔力の流れから、世界樹が集める魔力を、魔王が奪い取っていることは明らかだった。恐らく、シャルルによって失った魔力を、世界樹を利用して補おうとしているのだろう。
シャルル達の存在に気付いたベリアムが、ゆっくりと立ち上がった。5メートルはある濃い紫色の身体に、ガマガエルのような顔。2足で直立する姿には、既にスライムの面影はない。
世界樹からの魔力吸収を一時中断したベリアムが、シャルルを見詰める。
「お前は、我が隠し部屋を襲撃した勇者だな!!」
この固体とは初めて遭遇するにも関わらず、ベリアムはシャルルのことを知っていた。
「ヤツは消滅したはずなんだけど?」
「我は全体でひとつの生命。当然、記憶も経験も同期しているのだ。お前のことは知っている。姿も声も、そして能力もな」
ベリアムは手にしていた杖を天に翳し、雷雲を呼び起こす。しかし、魔法を行使しようとした瞬間、パテトの攻撃によって掻き消された。手にしていた杖を蹴り飛ばして着地した獣人を一瞥して、ベリアムは大声で笑う。
「ハッハッハッハ!!置き去りにされた、寂しい勇者ではなくなっていたのだな。では、我も相応の力を見せねばなるまい!!」
突然ベリアムの身体が輝き始め、瞬時に3体に分裂した。それはコピーではなく、明らかに分裂であった。
ベリアムは驚愕するシャルル達に向かい、声高に挑発する。
「3体に分裂した我の、どれが本体なのか分かるまい!!」
「「「いや」」」
「そんなはずがあるか。本体だと思うものを攻撃してみるが良い―――うげえっ」
無防備だったベリアムはシャルル達の攻撃を受け、後方に吹き飛んだ。砂埃の中から立ち上がったベリアムは、あからさまに動揺する。
「な、なぜ、なぜだ。なぜ我が本体だと分かったのだ!?」
シャルル達は顔を見合わせ、苦笑いしながら答えた。
「だって、大きさが全く違うから。本体は5メートル、分裂した固体が1メートルだと、誰にでも分かると思うけど・・・」
シャルルの指摘に逆切れしたベリアムは、問答無用で魔法を放つ。
「だ、黙れ!!―――黒球」
暗黒の力が込められたエネルギー弾がシャルル達を襲う。それを剣で弾き飛ばし、シャルルが指示を出した。
「本体は僕が相手をするから、他の2体を頼むよ」
「分かった」
「お任せ下さい」
こうして、世界樹の下で魔王との戦いが始まった。
「今度は、手加減はせぬぞ」
全身から漆黒の魔力を迸らせ、ベリアムがシャルルを睨み付ける。
「負け惜しみだ。あの時よりも、僕は強くなっている。今度こそ、全ての細胞を消滅させてやるさ」
「それはどうかな?―――黒球」
不敵な笑みを浮かべるベリアムが、再び魔法を放った。先程と同じ魔法を目にしたシャルルが、目を見開く。そして、今度は横に飛んで躱した。




